2026年10月12日月曜日

ショートノート(4):シベリウス(1)――似て見える作品を分ける構造、分ける以前に特異な作品

 本稿は、シベリウス7作品(交響曲第2番第1楽章、第3番第1楽章、第5番第3楽章、第6番第1楽章・第4楽章、第7番、《タピオラ》)を対象に、拡張指標とPC集合DFTから得られた知見を速報としてまとめるものである。既掲載の分析(「シベリウスの調性力学」)とは重ならない範囲、すなわち旧PCAと新指標の対比、およびDFTが固有に示す発見に絞る。


1.旧PCAで重なる2曲が、原点構造ではっきり分かれる

旧9指標によるPCA(8作曲家・45楽章コーパス、既刊)では、第2番第1楽章と第7番が、ほぼ同じ位置に重なる。


旧PC1

旧PC2

第2番第1楽章

−0.362

−0.814

第7番

−0.397

−0.812

PC1の差はわずか0.035、PC2の差はわずか0.002であり、旧9指標が測る「調的な凝集・分散・運動性」という水準においては、この2曲はほぼ識別不能である(図1左)。

ところが、原点への着地率(Origin_PCSet_Ratio)という、まったく別の指標で見ると、この2曲はコーパス全体の中でも際立って離れた位置に来る。第2番は0.168(7曲中最大)、第7番は0.016(7曲中最小の部類)であり、その差は旧PCAでの近さとは対照的に大きい(図1右)。

シベリウス★A図

シベリウス★A図

図1. 左:旧9指標PCAのPC1×PC2散布図。第2番と第7番がほぼ重なる。右:Origin_PCSet_Ratioの作品別棒グラフ。同じ2曲がコーパス中でもっとも離れた値を取る。

この対比が示すのは、「調的に似て聞こえる・似た力学を示す」ことと「同じ原理で組織されている」ことは別だ、ということである。 第2番と第7番は、五度圏上の重心運動という水準では区別しがたいが、その運動を生み出しているPC集合の対称性という、もう一段深い水準では、まったく異なる組織原理を持つ。

なお、第2番のOrigin_PCSet_Ratioが高いことを、ただちに「全音音階的書法」と解釈することはできない。最頻出origin PC集合が全音音階型となるのはコーパス中で《タピオラ》のみであり、第2番の最頻出型は{2,5,8,11}(減七和音型)である。すなわち第2番の原点着地は、《タピオラ》とは異なる対称性(減七和音型)によって高い比率を記録している。「原点への着地率が高い」ことと「どの対称性に着地しているか」は、分けて読む必要がある。


2.《タピオラ》――55楽章中唯一のf6優勢

もう一つの発見は、PC集合DFTのモードプロファイルに関わる。シベリウス7作品のf1〜f6振幅を並べると、《タピオラ》だけがf6(f6=0.551)をf5(0.376)より高くとる、コーパス全体でも唯一の楽章である。

シベリウス★B図

シベリウス★B図

図2. シベリウス7作品のf1〜f6振幅プロファイル。《タピオラ》だけがf6優勢であり、他の6作品はすべてf4またはf5優勢である。

f6はIC2(長2度)に一意に対応するモードであり、全音音階(隣接音程がすべて長2度)はIC2密度が理論上最大となる音組織である。したがって、全音音階的書法を持つ楽章がf6で突出した振幅を示すことは、経験的な発見である以前に、理論的に予測される帰結である。この意味で図2は、「全音音階的な楽曲はf6優勢になるはずだ」という理論的予測を、実際のコーパス全体から独立に裏付ける、もっとも明快な事例だと言える。

ただし、この結果を評価するうえで一つ注記が必要である。f6係数は構造上つねに実数値を取り、虚部は数値誤差の範囲でゼロになる。すなわちf6空間は2次元的な「軌道」を持たない、実軸上に縮退した1次元の量である。したがって、Avg_r(原点からの距離=全音音階性の強度)のような半径系の指標はf6空間でもそのまま意味を持つが、Anisotropy_Ratioのような角度系の指標は、f6空間では構造的に機能しない。《タピオラ》のf6優勢という発見を、f5空間で確立した指標群へそのまま横展開できるわけではない点には注意を要する。


3.小結

  1. 旧PCAでほぼ重なる第2番・第7番は、Origin_PCSet_Ratioという別の指標では大きく分離する。 これは、「似た力学を示す作品が、同じ原理で組織されているとは限らない」ことを示す一例である。

  2. 第2番の高いOrigin_PCSet_Ratioは、全音音階性の指標ではない。最頻出origin型は減七和音型であり、《タピオラ》とは異なる対称性に由来する。

  3. 《タピオラ》は55楽章コーパス全体で唯一のf6優勢楽章である。 これはIC2とf6の理論的な一対一対応(方法論レポートII)を、独立したデータから裏付ける、もっとも明快な事例である。ただし、f6空間は実軸へ構造的に縮退するため、角度系の指標はそのまま適用できない。


(2026.10.12 公開)

コラム(3):シベリウス(1):似て見える作品を分ける構造、分ける以前に特異な作品

 シベリウスについては、これまでの分析から、自然や環境との関係のなかで音楽的主体が形成されていくという、独特の時間性が見えていました。しかし、五度圏重心分析を拡張すると、もう一つ興味深いことがわかってきました。

それは、「似たように見える作品」が、必ずしも同じ原理で組織されているわけではないということでです。さらに、ピッチクラス集合をDFTによって分析すると、シベリウスの作品のなかには、55楽章という比較的大きなコーパス全体から見ても、明らかに特異な位置を占める作品があるようです。

今回取り上げるのは、シベリウス7作品――交響曲第2番第1楽章、第3番第1楽章、第5番第3楽章、第6番第1楽章・第4楽章、第7番、《タピオラ》――です。ここでは、すでに発表したシベリウス論と重なる部分ではなく、旧9指標によるPCAと、新たに導入した指標、そしてPC集合DFTとの対比によって初めて見えてきた二つの発見に焦点を当てようと思います。


1.「ほとんど同じ」に見える第2番と第7番

最初の発見は、一見すると非常に奇妙です。旧9指標による主成分分析(PCA)では、シベリウスの交響曲第2番第1楽章と第7番は、ほとんど同じ場所に位置しているのです。

作品

旧PC1

旧PC2

第2番 第1楽章

−0.362

−0.814

第7番

−0.397

−0.812

PC1の差はわずか0.035、PC2の差は0.002しかありません。つまり、旧9指標が捉えていた、

  • 調的な凝集・分散

  • 五度圏上の広がり

  • 重心の運動性

  • ハーモニックな集中度

といった水準では、この二つの作品はほとんど区別できないということです。旧PCAだけを見れば、第2番第1楽章と第7番は、かなり似た調的力学を持っていると考えても不思議ではありません。

ところが、新しい指標を加えると、この二作品の姿が一変します。


2.原点を見ると、第2番と第7番は正反対になる

今回導入した指標の一つに、Origin_PCSet_Ratio(原点PC集合比率)があります。これは、五度圏重心が原点付近に位置するだけでなく、そこでどのようなピッチクラス集合が形成されているかという、旧指標とは異なる側面を見るための指標です。

その値を見ると、

  • 第2番第1楽章:0.168

  • 第7番:0.016

となります。

第2番はシベリウス7作品のなかで最大、第7番は最小の部類に入るのです。つまり、旧PCAではほとんど重なっていた二作品が、原点におけるPC集合構造では大きく分離する。この違いは重要です。

五度圏重心分析が示していたのは、「どのような力学を示すか」というレベルでした。Origin_PCSet_Ratioが新たに見せたのは、その力学を、どのような音集合の構造によって実現しているのかという、もう一段深いレベルであると言えるでしょう。

ここから、「調的に似ていること」と「同じ原理で組織されていること」は同じではない。ということがわかります。これは今回の拡張分析における重要な方法論的発見でもあります。


3.原点集中の2つのタイプ。第2番と《タピオラ》

ここでもう一つ興味深い結果があります。第2番のOrigin_PCSet_Ratioが高いことがわかりましたが、Origin_PCSet_Ratioが高い作品、つまり原点集中を示す作品としては《タピオラ》があるのです。では第2番と《タピオラ》は同じ組織原理に基づているのでしょうか?答を先回りして述べるならば、その答えは「否」です。

第2番で最頻出となるorigin PC集合は、{2, 5, 8, 11}という減七和音型です。一方《タピオラ》のそれは全音音階型であり、かつ全音音階型のPC集合が最頻出となるのは、シベリウス7作品のなかでは《タピオラ》だけなのです。

したがって、原点付近に着地しやすいことと、どのような対称性を持つ音集合に着地するのかは、別々に考える必要があります。第2番と《タピオラ》は、どちらも原点構造という観点から特徴的だが、その特徴の内容は同じではありません。第2番では減七和音型の対称性が重要であり、《タピオラ》では後述するように、全音音階的な音組織が重要になるのです。つまり、「原点に集まる」という現象の内部にも、複数の組織原理があることになります。


4.《タピオラ》――55楽章全体でただ一つのf6優勢

更に他の作曲家の作品も含めた全55楽章全体に範囲を拡げても、《タピオラ》の特異性は際立っています。PC集合DFTによって、55楽章コーパス全体のピッチクラス集合をf1〜f6のモードとして調べると、《タピオラ》だけが、f6 = 0.551であり、f5 = 0.376より高いのです。シベリウス7作品の内部のみならず、55楽章コーパス全体を見ても、《タピオラ》だけがf6優勢なのです。他の6作品は、すべてf4またはf5が優勢になる。

ここでDFTの意味を少しだけ説明しておきたいと思います。f6は、ピッチクラス集合におけるIC2、すなわち長2度の関係に一意に対応するモードです。そして全音音階は、隣接する音同士がすべて長2度で構成されています。したがって全音音階的な音組織がf6に強く反応することは、理論的にあらかじめ予測されることになります。

その意味で《タピオラ》の結果は非常に興味深く感じられます。何故ならば、《タピオラ》は全音音階的書法を持つ作品として非常に有名だからで、ここで全音音階的な書法を持つ作品は、DFTにおいてf6が突出するはずだという理論的予測が、55楽章という独立したコーパスの実データによって明瞭に確認されたことになるからです。つまり《タピオラ》の例は、ピッチクラス集合DFTが、実際の音楽作品における音程構造をどの程度正確に拾い上げられるかを示す、非常にわかりやすい検証例になっていると言えるのではないかと思うのです。


5.シベリウスの作品分析を通して浮かび上がる分析プロトコル

ここでもう一度第2番と第7番の問題に戻りましょう。旧PCAでは第2番と第7番がほぼ重なっていました。しかし、Origin_PCSet_Ratioでは両者は大きく分かれました。Origin_PCSet_Ratioの大きい作品という点では第2番第1楽章と《タピオラ》は共通します。しかしDFTを見ると、《タピオラ》は55楽章全体のなかでf6という明瞭な固有性を持っていることがわかります。

この三つを並べると、五度圏重心分析とDFTがそれぞれ別のものを見ていることがわかります。五度圏重心は、音楽が五度圏上のどこにいるのかを捉えます。今回導入した新しい原点PC集合指標によって、その位置に、どのような対称的な音集合が現れるのかを確認することができます。DFTはさらに、その音集合の内部に、どのような音程関係や周期的構造が組み込まれているのかを見ます。

このように分析手順を進めて行くことによって、位置、状態、音集合、音程構造という異なる層を重ねていくことで、作品の組織原理が見えてくることが跡付けられます。

ここでDFTについて一つ注意をしておきます。f6は、f1〜f5とは性質が少し違うという点についてです。f6係数は構造上つねに実数値となり、虚部は数値誤差の範囲でゼロになります。したがってf6空間は、f5のような二次元的な軌道空間ではなく、実質的に実軸上へ縮退した1次元の量です。そのため、Avg_rのような半径系の指標はf6でも意味を持つが、Anisotropy_Ratioのような二次元的な形状・方向性を前提とする指標を、そのままf6へ適用することはできません。

これはDFTの各モードが同じ数学的性質を持つわけではないことであって、その特異性が音程構造と理論的に対応していることを示しています。


6.一つの「シベリウスらしさ」ではなく、複数の組織原理

ここから先は、今回の数値結果から一歩進んだ解釈の領域の話になります。第2番と第7番の例が示しているのは、シベリウスの音楽を単純に「調性が強い/弱い」「動く/動かない」といった軸だけで分類することの限界です。似たような調的力学を持っていても、その内部には異なる音集合構造がありうるのです。そして《タピオラ》では、その違いがさらに明瞭になります。

つまりシベリウスの音楽では、五度圏上の運動そのものよりも、その運動を成立させている音集合の構造が重要になる局面があると言えるのではないでしょうか?これは、これまで考えてきた「環境としての音楽」というシベリウス像とも接続可能な見方だと思います。

環境は、単一の中心からすべてが決定されるものではありません。複数の関係が同時に成立し、そのなかから局所的な安定状態が形成されるものです。シベリウスの場合重要なのは、「どの作品にも同じ構造がある」ということではなく、むしろ、同じように見える力学の内部に、異なる組織原理が共存しているということではないでしょうか?

このことは、シベリウスを一つの固定した様式として理解することにも再考を迫ります。シベリウスの音楽を「自然的」「有機的」「環境的」と説明することはできる。しかし、今回の分析が示しているのは、その「自然」や「環境」が単純な一つの仕組みではないということです。同じ五度圏上の力学を示していても、

  • 減七和音型の対称性によって組織される場合があり、

  • 全音音階的なIC2構造によって組織される場合があり、

  • それ以外のPC集合構造によって組織される場合もある。

したがって、シベリウスの「環境」は、単一の中心を持つ巨大な有機体としてではなく、複数の音集合的関係が局所的に成立する場として考えた方がよいのではないでしょうか。これは、後にコーパスを交響曲以外へ拡張したときに、シベリウスの音楽的主体を考えるうえでも重要な手掛かりになります。


7.そして、シベリウスの「環境としての音楽」へ

今回の55楽章コーパスにおけるシベリウス分析から得られた発見は、二つにまとめることができるでしょう。

第一に、旧PCAではほぼ重なっていた第2番第1楽章と第7番が、Origin_PCSet_Ratioでは大きく分離する。これは「似た力学を示す作品が、同じ原理で組織されているとは限らない」ことを示しています。

第二に、《タピオラ》は55楽章コーパス全体で唯一のf6優勢楽章である。これは、全音音階的な音組織とf6の理論的対応を、実データによって非常に明瞭に確認する例となっています。

この二つの発見は、一見すると別々の話に見えるかも知れません。しかし、実際には同じ方向を指していると考えられます。それは、音楽の調的組織を、一つの「中心」や一つのPCA上の位置だけで理解することはできないということです。五度圏上で似ている作品が、内部の音集合構造では大きく異なることがある一方で、逆に、一つの作品が、コーパス全体から見ても特定の音程構造に極端に特徴づけられることもあるのです。

ここまでの結果を、シベリウスの音楽的主体という問題に接続すると、興味深いことが見えてくるように思えます。シベリウスの主体は、マーラーのように自分自身を絶えず物語化する主体ではありません。またラヴェルのように、外部環境を精密に設計してそこに自己を置く主体とも異なります。むしろシベリウスでは、複数の音集合的・音程的関係が形成する環境のなかから、主体のあり方そのものが立ち上がってくるのです。その意味で、今回の分析は、シベリウスを「調性が弱い作曲家」と見ることを支持するものではなく、むしろ、調性の中心だけでは記述しきれない、複数の関係によって構成された音楽的環境として捉えることを支持するように思えます。

そしてこの環境は、作品ごとに同じではないのです。第2番と第7番のように、表面的には似た力学を示しながら内部構造が異なる場合もあれば、《タピオラ》のように、コーパス全体から見ても突出した音程構造を持つ作品もあります。シベリウスの「環境」は、均質なものではないのであり、それ自体が複数の組織原理によって構成されているのです。このことが、今回の55楽章コーパスによる新指標・DFT分析から得られた、シベリウスについての最も重要な手掛かりであると考えます。

そして、この手掛かりをもとに、次の分析ではシベリウスのコーパスを交響曲以外へと拡張します。そこで問われるのは、この「環境としての音楽」という特徴は、交響曲というジャンルの内部だけに現れるものなのか。それとも、シベリウスという作曲家の音楽的主体そのものに、より広く現れるものなのか。という点です。

(2026.10.12 公開)

2026年10月11日日曜日

ショートノート(3):ブルックナー――方向性・滞留系クラスタの同期的変化と、持続するf5

 本稿は、ブルックナー8楽章(交響曲第0・2・3・4・5・7・8・9番、いずれも第1楽章)を対象に、拡張指標とPC集合DFTから得られた知見を速報としてまとめるものである。既掲載の旧9指標分析(調性力学モノグラフ第3〜4節)とは重ならない範囲、すなわち拡張指標とDFTが固有に示す発見に絞る。


1.何が変化し、何が持続するのか

ブルックナーの旧9指標による分析は、交響曲番号と中心性(Avg_r)の相関がr=−0.430にとどまることを既に示している。すなわち、「五度圏上の中心からどれだけ離れるか」という尺度だけでは、ブルックナーの創作年代的変化をうまく捉えられない。

拡張指標を導入すると、この変化がどこに現れているかが明確になる。交響曲番号と、方向性・滞留構造に関わる5つの指標との間の相関を見ると、次の通りである(n=8、多重比較未補正)。

指標

Spearman ρ

p値

変化の向き

Return_Probability_Dominant

−0.857

0.0065

低下

Attractor_Number

+0.873

0.0047

上昇

Rbar_full

−0.833

0.0102

低下

Residence_Entropy

+0.786

0.0208

上昇

Dominant_Residence_Ratio

−0.810

0.0149

低下

5指標すべてが有意な相関を示し、しかも「集中・回帰系(Rbar_full、Dominant_Residence_Ratio、Return_Probability_Dominant)の低下」と「分散・多滞留系(Attractor_Number、Residence_Entropy)の上昇」という、互いに裏表の関係にある2方向へきれいに分かれる。中心性そのもの(Avg_r、r=−0.430、非有意水準に近い)よりも、この方向性・滞留構造の広がりの方が、ブルックナーの年代的変化に対してはるかに敏感な指標であることが分かる。

この広がりを、単一の散布図ではなく、5指標が同期して動く様子として示したのが次の図である。

ブルックナー3段構成図

ブルックナー3段構成図

図1. 上段:集中・回帰系3指標(z-score)。3本がそろって右下がりに推移する。中段:分散・多滞留系2指標(z-score)。2本がそろって右上がりに推移する。下段:各交響曲のDominant Fourier mode。f5優勢が8曲中6曲で持続する。

上段・中段を縦に並べることで、「低下する側」と「上昇する側」が同じ変化を裏表から裏付け合っていることが一目で分かる。一方、下段の帯が示す通り、この間もDominant_Modeはf5のままである楽章が大半を占める(f4・f3が前景化するのは第4番・第5番のみで、第7・8・9番はいずれもf5に復帰する)。

すなわちブルックナーで番号順に変化しているのは、五度圏的な周期構造そのものではなく、その構造が五度圏上でどのように方向づけられ、どこに滞留するかという、一段上の力学的組織化である。 この区別は、方法論的にも重要である。旧指標のAvg_rだけを見ていては、この変化はほとんど捉えられない。


2.第9番――中心性は残るが、方向組織が崩れる

この傾向が最も先鋭化するのが第9番である。Avg_r=0.572は、同じく後期の第8番(0.529)よりもむしろ高い。しかしRbar_fullは0.062と8曲中最低、Dominant_Residence_Ratioも0.165と最低、Attractor_Numberは6と最多である。

ここで注意すべき点が一つある。この0.062という値は、第9番の第1楽章(Hauptsatz)のみを単位としたものである。未完の第9番について全3楽章を連結した水準でRbar_fullを再計算すると、値は0.123へと回復する(第1楽章の値のおよそ2倍)。これは8曲中でなお最低の水準ではあるが、「0.062」という極端な値そのものは、作品全体を通じた性質ではなく、第1楽章という特定の楽章に先鋭化して現れた局所的な現象である可能性が高い。したがって、第9番の未完性と方向組織の崩壊を安易に結びつける解釈には、この粒度依存性を踏まえた留保が必要になる。


3.作品内部では何が起きているか――第7・8・9番の楽章内軌道

ここまでは作品間(交響曲番号を横軸とする)比較であったが、同じ問いを作品内部(楽章を横軸とする)でも確認できる。第7・8・9番について、全楽章のRbar_full、Exact_Triadic_Ratio、Avg_rを楽章順に並べると、次のような対比が現れる。

楽章内軌道

楽章内軌道

図2. 第7・8・9番の楽章内軌道(生値)。第8番は3指標がおおむね第1楽章から終楽章にかけて上昇し、第9番ではExact_Triadic_Ratioが楽章を追うごとに一貫して低下する(0.399→0.313→0.297)。第7番は明確な方向を持たず楽章間で振動する。

第8番は、Exact_Triadic_Ratio(0.301→0.523→0.498→0.607)・Rbar_full(0.177→0.211→0.287→0.359)がいずれも、途中の上下はあっても終楽章にかけて明確に高い水準へ到達する。すなわち、作品の内部で調的組織が「解決」へ向かう軌跡を持つ。

これに対し第9番は、Exact_Triadic_Ratioが楽章を追うごとに一貫して低下し続ける。Origin_PCSet_Ratioは逆に0.029→0.055→0.060と一貫して上昇する(本図には未掲載)。すなわち、三和音的な調的骨格が楽章を追うごとに手放され、対称的なPC集合への依存が強まっていく、という単調な軌跡を示す。第7番にはこうした明確な方向性は見られず、楽章間で指標が振動するのみである。

この対比は重要である。 第8番・第9番はいずれも後期作品でありながら、作品内部の時間的軌跡としては正反対の性格を持つ。後期ブルックナーを一括りに「調的凝集の崩壊」として語ることはできない。

さらに、第9番のスケルツォ(第2楽章)に限って見ると、局所分布の異方性(Anisotropy_Ratio)が3曲中で最も等方的(最も低い)であり、同時に単一領域への滞在集中(Dominant_Residence_Ratio)は3曲中で最も高いという、通常は同時には起こりにくい2つの性質の組み合わせが現れる。

スケルツォ比較

スケルツォ比較

図3. 第7・8・9番のスケルツォ楽章のみの比較。第9番のスケルツォは、局所分布が最も等方的でありながら、同時に単一領域への滞在がもっとも強いという組み合わせを示す。

ただし、この図はこの3曲に限った比較である点に注意を要する。先行する検証(全楽章版の第4・5番データを含む5曲比較)では、異方性の低さ自体は第4番のスケルツォとも共有されることが分かっており、Dominant_Residence_Ratioの高さは共有されない(むしろ逆方向)。したがって正確には、「異方性の低さ」単独ではなく、「異方性の低さと単一領域支配率の高さの組み合わせ」が第9番のスケルツォに固有である可能性が高い、という限定的な主張にとどめる必要がある。本図はこの5曲比較のうち現時点でデータが揃っている3曲分を示したものであり、全体の数値的裏付けは今後の課題とする。


4.小結

  1. 方向性・滞留系5指標が同期して動くという広がりは、Avg_rという単一指標では捉えられない、ブルックナー固有の年代的変化である。しかも「低下する側」と「上昇する側」が互いに裏表の関係として整然と対応する。

  2. この変化の間、f5系の周期構造は8曲中6曲で持続する。変化しているのは周期構造そのものではなく、その構造が五度圏上でどう組織化されるかという、より上位の層である。

  3. 第9番のRbar_full=0.062という極端な値は、第1楽章に固有の局所的な現象であり、全曲連結では0.123まで緩和される。未完性との安易な結びつけには留保が必要である。

  4. 作品内部の軌跡を見ると、第8番は解決へ向かい、第9番は三和音的骨格が一貫して手放されていくという、正反対の方向性を持つ。後期ブルックナーを単一の「崩壊」として語ることはできない。


(2026.10.11 公開)

コラム(2):ブルックナー:「調性」から「状態の構造」へ

 ブルックナーの音楽を語るとき、しばしば「巨大な構築物」「長大な持続」「反復と拡大」「宗教的な時間」といった言葉が使われます。こうした特徴は、実際の音楽データの上ではどのように捉えられるのでしょうか。

これまでの五度圏上のピッチクラス重心分析では、ブルックナーの作品について、調性空間の広がりや重心の移動量、調性的集中度、和声的な多様性などを測定してきました。その結果からは、ブルックナーが単純に「調性が安定した作曲家」なのではなく、比較的広い調性的空間の中を動きながら、しかし一定の独特なまとまりを維持していることが見えてきました。

今回、分析指標を拡張しました。すると、ブルックナーの音楽について、これまでとは少し違った問いが立てられるようになったのです。

ブルックナーの音楽が単にどちらに向かって進むかだけではなく、どのような「状態」を作り、その状態にどのように留まり、そこからどのように別の状態へ移るのか。

この視点から見ると、ブルックナーの音楽には、単なる「調性の運動」では説明しきれない構造が浮かび上がってくるように思えます。


1.「移動する音楽」から「状態を形成する音楽」へ

従来の分析では、五度圏上の重心がどれほど遠くにあるか、隣り合う時点の間でどれほど移動するか、といった指標が中心でした。これは音楽の「運動性」を見るには非常に有効です。しかし、例えば次の二つの音楽があったとしましょう。

  • 常に少しずつ動き続ける音楽

  • ある場所の周辺を動きながら、何度も同じ領域へ戻ってくる音楽

両者は平均的な移動距離だけでは区別しにくいでしょう。

そこで今回の拡張分析では、

  • どの方向へ進みやすいのか

  • どの状態に長く滞在するのか

  • 同じ状態へどれほど戻るのか

  • いくつの状態が主要な「吸引点」になっているのか

  • その状態が一点にまとまっているのか、それとも複数方向へ広がっているのか

  • 三和音的な構造にどの程度集中しているのか

  • 五度圏の中心付近に、どのようなピッチクラス集合が現れるのか

といった性質を調べました。ここで重要なのは、これらを別々の「新しい尺度」として追加しただけではないことです。これらを組み合わせることで、音楽を

位置 → 移動 → 滞在 → 回帰 → 状態間遷移

という時間的な構造として見ることができるようになったと考えます。これは、従来の「調性分析」を捨てるということではありません。むしろ、調性空間の中で音楽がどのような動的状態を形成しているのかを、その上に重ねて見ることになると考えます。


2.ブルックナーでは「方向」だけではなく「滞在」が重要になる

今回のブルックナー分析で特に注目されるのは、音楽の動きが単純な直線的進行として理解しにくいことです。ブルックナーの音楽には、長い時間をかけて一つの領域を形成し、その内部で変化しながら、やがて別の領域へ移るような時間構造があります。これは、ソナタ形式における「主調から属調へ進む」といった古典的な調性モデルとは少し違うのではないでしょうか。

もちろん、ブルックナーにも調性的な方向性は存在します。しかし、分析を拡張すると、それと同じくらい重要なのが、ある状態を形成し、その状態の内部に長く留まることであることが見えてくるおように思えます。

つまりブルックナーの時間は、

「AからBへ進む」

という一本の線としてよりも、

「Aという状態を形成する
→ Aの内部で変化する
→ Aから離れる
→ 別の状態Bを形成する
→ 必要に応じて以前の領域へ戻る」

という構造として理解した方が適切なのではないでしょうか。この「滞在」は、単なる反復とは違います。同じ和音が繰り返されるという意味ではなく、音楽が一定の状態空間を維持しているという意味です。


3.「吸引点」が一つではない

今回導入した指標の一つに、音楽の中でどれだけ多くの「主要な状態」が形成されているかを見るものがあります。もちろん、ここでいう「吸引点」は物理的な意味での力学的なアトラクターそのものではありません。五度圏上の重心の時間系列において、繰り返し現れたり、一定の時間滞在を生じさせたりする代表的な領域を、分析上の「状態の中心」として捉えたものです。

ブルックナーでは、このような状態が一つだけ存在するわけではありません。むしろ、複数の状態が形成され、それらの間を音楽が移動していく。ここから重要な特徴が見えてきます。ブルックナーの音楽は、一つの中心へ収束する音楽でも、無制限に拡散していく音楽でもありません。

複数の安定的な領域を形成しながら、その間を行き来する。これは、ブルックナーの巨大な形式を考えるうえで非常に興味深いと思います。なぜなら、長大な形式を「一つの大きな方向への進行」として理解するのではなく、複数の状態を形成し、それらを長い時間スケールで関係づける構造として捉え直すことができるからです。


4.ここで「主体」という考え方が出てくる

では、なぜこれが「音楽的主体」の問題になるのでしょうか。主体とは、単に「主人公」のことではありません。今回の研究でいう主体とは、より一般的に、自分が置かれている環境との関係を維持しながら、ある状態を形成し、その状態から別の状態へ移る存在として考えています。

この定義に立つと、ブルックナーの音楽は非常に独特です。ブルックナーの音楽には、マーラーのような強い自己告白的な身振りが必ずしも前面に出てきません。しかし、それは「主体が存在しない」ということではありません。そこでは主体と環境との境界そのものが明確ではないのです。音楽は環境の中に深く浸透しています。ある調的領域が単なる「背景」なのではなく、その領域そのものが音楽の時間を形成するのです。主体が環境の外側に立って環境を操作するというより、環境の中に浸透し、その環境とともに一つの動的状態を形成していると捉えることができそうです。

この特徴を、今回の分析では以前よりも明確に捉えられるようになりました。


5.「前主体的」という仮説

ここから先は、データそのものから直接導かれる結論ではなく、理論的な解釈です。ブルックナーの音楽的主体を、仮に「前主体的な動的システム」と呼んでみたいと思います。

これは「主体になる前だから未熟」という意味ではありません。また、「ブルックナーには主体性がない」という意味でもありません。むしろ、現代的な意味での「自律した個体」としての主体が成立する以前のような、環境との境界がまだ十分に分離されていない状態を指しています。

そのため、ブルックナーの音楽では、

  • 主体が環境を眺める

  • 主体が環境を支配する

  • 主体が環境に対して自己を主張する

という関係よりも、

  • 環境の中に主体が埋め込まれる

  • 主体と環境が同じ状態を形成する

  • 状態そのものが長い時間をかけて変化する

という関係が重要になります。

この意味で、ブルックナーの音楽は「主体の音楽」というより、主体が成立する以前の、主体と環境との動的な連続性を聴かせる音楽として理解できる可能性があると思います。


6.新指標が見せた「ブルックナーらしさ」

ここで重要なのは、こうした解釈を単一の指標から導いてはいけないということです。

今回の拡張分析では、

  • 方向集中

  • 滞在比率

  • 滞在エントロピー

  • 状態の数

  • 回帰確率

  • 軌道の異方性

  • 三和音への集中

  • ピッチクラス集合構造

など、異なる側面からブルックナーの調的時間構造を見ています。

これらは、それぞれ別のものを測定しています。しかし、その組み合わせによって、従来の「重心がどれだけ動いたか」だけでは捉えにくかった、「ブルックナーはどのような状態を形成し、その状態をどのように維持しているのか」という問いが立てられるようになりました。

ここに今回の拡張分析の意義があると考えます。


7.MIDIデータ作成方針の違いがもたらす分析結果へのバイアス

今回のブルックナー分析では、データそのものについても追加で検証を行いました。特に交響曲第1番については、現在利用できる唯一のMIDIデータが他の主要作品のMIIDデータとは異なる系列に属しており、かつ、その系列に共通したデータ作成の方針ないしクセにより、今回の分析には適さない傾向を示すことが確認できました。一方で第1番は、従来の指標でも、今回の新指標でも比較的特徴的な位置を示していましたが、結果的には、「第1番はブルックナー初期の特殊な状態を示している」と即断することはできないと判断し、報告からは除外することにしました。なぜなら、第1番については、直接比較できる他のデータが存在せず、利用可能な唯一の版の分析結果には作品そのものの特徴と使用したMIDIデータの特徴の両方が含まれている可能性があるからです。

一方、第4番や第8番については別ソースとの比較を行ったところ、旧指標・新指標ともに比較的高い再現性が確認できました。つまり、「ある版以外はすべて排除する」という単純なルールではなく、実際にデータを比較し、作品の構造が再現されるかを確認するという方法を採用しました。この点は今回の研究全体にとって重要な方法論的改善と考えます。


8.それでも、ブルックナーの大きな特徴は残る

第1番を主要な時系列から除外しても、ブルックナー後期に見られる特徴が消えるわけではありません。むしろ、後期作品における調的状態の形成、滞在、回帰、状態間の移動という構造は、独立した複数の作品から確認できるようです。

したがって今回重要なのは、「第1番が特殊だった」ということではありません。より重要なのは、第1番の扱いを慎重にした上でも、ブルックナーの音楽を「複数の状態を形成し、それらの間で長い時間スケールの運動を行うシステム」として捉えることができるという点であると考えます。


9.ブルックナーから「調性力学」へ

今回の分析によって、五度圏重心分析は少し違う段階へ進んだと考えます。

最初の問いは、「音楽の重心はどこにあるのか?」でした。次に、「重心はどのくらい動くのか?」という問いが加わりました。そして今回、「音楽はどのような状態を形成し、そこにどのくらい留まり、どのように別の状態へ移るのか?」という問いが加わったことになります。

これは、単なる指標の追加ではありません。音楽を「位置の集合」ではなく、時間の中で状態を形成する動的システムとして見るための拡張です。そして、この視点から見ると、ブルックナーの音楽は非常に興味深いように思います。

彼の音楽では、主体が環境から離れて自分自身を確立するというより、環境そのものの中に深く入り込み、環境とともに自己の状態を形成していきます。その意味でブルックナーは、マーラーとはかなり異なる「音楽的主体」の存在様式を示している可能性があります。


10.次の問い――では、環境そのものとして音楽を作るとどうなるのか

ブルックナーを「前主体的・環境内在型」の極として見るなら、次に比較すべきなのはシベリウスでしょう。シベリウスもまた、強い自己告白や物語的自己主張よりも、音楽と環境との関係を前面に押し出す作曲家として捉えることができるからです。

しかし、両者は同じではありません。ブルックナーでは、主体と環境の境界そのものが曖昧になっていきます。一方、シベリウスでは、環境との相互作用から主体そのものが生成していくように見えます。さらに今回、交響曲だけではなく、より広い作品群へ分析対象を拡張することで、その特徴が本当に「交響曲に限ったものなのか」という問題も検証できるようになりました。

ブルックナーが「環境の中にいる主体」だとすれば、シベリウスは「環境との相互作用から生まれる主体」なのではないか。次回は、この問題をシベリウスの作品群全体へ広げて考えてみたいと思います。

(2026.10.11 公開)