シベリウスについては、これまでの分析から、自然や環境との関係のなかで音楽的主体が形成されていくという、独特の時間性が見えていました。しかし、五度圏重心分析を拡張すると、もう一つ興味深いことがわかってきました。
それは、「似たように見える作品」が、必ずしも同じ原理で組織されているわけではないということでです。さらに、ピッチクラス集合をDFTによって分析すると、シベリウスの作品のなかには、55楽章という比較的大きなコーパス全体から見ても、明らかに特異な位置を占める作品があるようです。
今回取り上げるのは、シベリウス7作品――交響曲第2番第1楽章、第3番第1楽章、第5番第3楽章、第6番第1楽章・第4楽章、第7番、《タピオラ》――です。ここでは、すでに発表したシベリウス論と重なる部分ではなく、旧9指標によるPCAと、新たに導入した指標、そしてPC集合DFTとの対比によって初めて見えてきた二つの発見に焦点を当てようと思います。
1.「ほとんど同じ」に見える第2番と第7番
最初の発見は、一見すると非常に奇妙です。旧9指標による主成分分析(PCA)では、シベリウスの交響曲第2番第1楽章と第7番は、ほとんど同じ場所に位置しているのです。
作品 | 旧PC1 | 旧PC2 |
第2番 第1楽章 | −0.362 | −0.814 |
第7番 | −0.397 | −0.812 |
PC1の差はわずか0.035、PC2の差は0.002しかありません。つまり、旧9指標が捉えていた、
調的な凝集・分散
五度圏上の広がり
重心の運動性
ハーモニックな集中度
といった水準では、この二つの作品はほとんど区別できないということです。旧PCAだけを見れば、第2番第1楽章と第7番は、かなり似た調的力学を持っていると考えても不思議ではありません。
ところが、新しい指標を加えると、この二作品の姿が一変します。
2.原点を見ると、第2番と第7番は正反対になる
今回導入した指標の一つに、Origin_PCSet_Ratio(原点PC集合比率)があります。これは、五度圏重心が原点付近に位置するだけでなく、そこでどのようなピッチクラス集合が形成されているかという、旧指標とは異なる側面を見るための指標です。
その値を見ると、
となります。
第2番はシベリウス7作品のなかで最大、第7番は最小の部類に入るのです。つまり、旧PCAではほとんど重なっていた二作品が、原点におけるPC集合構造では大きく分離する。この違いは重要です。
五度圏重心分析が示していたのは、「どのような力学を示すか」というレベルでした。Origin_PCSet_Ratioが新たに見せたのは、その力学を、どのような音集合の構造によって実現しているのかという、もう一段深いレベルであると言えるでしょう。
ここから、「調的に似ていること」と「同じ原理で組織されていること」は同じではない。ということがわかります。これは今回の拡張分析における重要な方法論的発見でもあります。
3.原点集中の2つのタイプ。第2番と《タピオラ》
ここでもう一つ興味深い結果があります。第2番のOrigin_PCSet_Ratioが高いことがわかりましたが、Origin_PCSet_Ratioが高い作品、つまり原点集中を示す作品としては《タピオラ》があるのです。では第2番と《タピオラ》は同じ組織原理に基づているのでしょうか?答を先回りして述べるならば、その答えは「否」です。
第2番で最頻出となるorigin PC集合は、{2, 5, 8, 11}という減七和音型です。一方《タピオラ》のそれは全音音階型であり、かつ全音音階型のPC集合が最頻出となるのは、シベリウス7作品のなかでは《タピオラ》だけなのです。
したがって、原点付近に着地しやすいことと、どのような対称性を持つ音集合に着地するのかは、別々に考える必要があります。第2番と《タピオラ》は、どちらも原点構造という観点から特徴的だが、その特徴の内容は同じではありません。第2番では減七和音型の対称性が重要であり、《タピオラ》では後述するように、全音音階的な音組織が重要になるのです。つまり、「原点に集まる」という現象の内部にも、複数の組織原理があることになります。
4.《タピオラ》――55楽章全体でただ一つのf6優勢
更に他の作曲家の作品も含めた全55楽章全体に範囲を拡げても、《タピオラ》の特異性は際立っています。PC集合DFTによって、55楽章コーパス全体のピッチクラス集合をf1〜f6のモードとして調べると、《タピオラ》だけが、f6 = 0.551であり、f5 = 0.376より高いのです。シベリウス7作品の内部のみならず、55楽章コーパス全体を見ても、《タピオラ》だけがf6優勢なのです。他の6作品は、すべてf4またはf5が優勢になる。
ここでDFTの意味を少しだけ説明しておきたいと思います。f6は、ピッチクラス集合におけるIC2、すなわち長2度の関係に一意に対応するモードです。そして全音音階は、隣接する音同士がすべて長2度で構成されています。したがって全音音階的な音組織がf6に強く反応することは、理論的にあらかじめ予測されることになります。
その意味で《タピオラ》の結果は非常に興味深く感じられます。何故ならば、《タピオラ》は全音音階的書法を持つ作品として非常に有名だからで、ここで全音音階的な書法を持つ作品は、DFTにおいてf6が突出するはずだという理論的予測が、55楽章という独立したコーパスの実データによって明瞭に確認されたことになるからです。つまり《タピオラ》の例は、ピッチクラス集合DFTが、実際の音楽作品における音程構造をどの程度正確に拾い上げられるかを示す、非常にわかりやすい検証例になっていると言えるのではないかと思うのです。
5.シベリウスの作品分析を通して浮かび上がる分析プロトコル
ここでもう一度第2番と第7番の問題に戻りましょう。旧PCAでは第2番と第7番がほぼ重なっていました。しかし、Origin_PCSet_Ratioでは両者は大きく分かれました。Origin_PCSet_Ratioの大きい作品という点では第2番第1楽章と《タピオラ》は共通します。しかしDFTを見ると、《タピオラ》は55楽章全体のなかでf6という明瞭な固有性を持っていることがわかります。
この三つを並べると、五度圏重心分析とDFTがそれぞれ別のものを見ていることがわかります。五度圏重心は、音楽が五度圏上のどこにいるのかを捉えます。今回導入した新しい原点PC集合指標によって、その位置に、どのような対称的な音集合が現れるのかを確認することができます。DFTはさらに、その音集合の内部に、どのような音程関係や周期的構造が組み込まれているのかを見ます。
このように分析手順を進めて行くことによって、位置、状態、音集合、音程構造という異なる層を重ねていくことで、作品の組織原理が見えてくることが跡付けられます。
ここでDFTについて一つ注意をしておきます。f6は、f1〜f5とは性質が少し違うという点についてです。f6係数は構造上つねに実数値となり、虚部は数値誤差の範囲でゼロになります。したがってf6空間は、f5のような二次元的な軌道空間ではなく、実質的に実軸上へ縮退した1次元の量です。そのため、Avg_rのような半径系の指標はf6でも意味を持つが、Anisotropy_Ratioのような二次元的な形状・方向性を前提とする指標を、そのままf6へ適用することはできません。
これはDFTの各モードが同じ数学的性質を持つわけではないことであって、その特異性が音程構造と理論的に対応していることを示しています。
6.一つの「シベリウスらしさ」ではなく、複数の組織原理
ここから先は、今回の数値結果から一歩進んだ解釈の領域の話になります。第2番と第7番の例が示しているのは、シベリウスの音楽を単純に「調性が強い/弱い」「動く/動かない」といった軸だけで分類することの限界です。似たような調的力学を持っていても、その内部には異なる音集合構造がありうるのです。そして《タピオラ》では、その違いがさらに明瞭になります。
つまりシベリウスの音楽では、五度圏上の運動そのものよりも、その運動を成立させている音集合の構造が重要になる局面があると言えるのではないでしょうか?これは、これまで考えてきた「環境としての音楽」というシベリウス像とも接続可能な見方だと思います。
環境は、単一の中心からすべてが決定されるものではありません。複数の関係が同時に成立し、そのなかから局所的な安定状態が形成されるものです。シベリウスの場合重要なのは、「どの作品にも同じ構造がある」ということではなく、むしろ、同じように見える力学の内部に、異なる組織原理が共存しているということではないでしょうか?
このことは、シベリウスを一つの固定した様式として理解することにも再考を迫ります。シベリウスの音楽を「自然的」「有機的」「環境的」と説明することはできる。しかし、今回の分析が示しているのは、その「自然」や「環境」が単純な一つの仕組みではないということです。同じ五度圏上の力学を示していても、
したがって、シベリウスの「環境」は、単一の中心を持つ巨大な有機体としてではなく、複数の音集合的関係が局所的に成立する場として考えた方がよいのではないでしょうか。これは、後にコーパスを交響曲以外へ拡張したときに、シベリウスの音楽的主体を考えるうえでも重要な手掛かりになります。
7.そして、シベリウスの「環境としての音楽」へ
今回の55楽章コーパスにおけるシベリウス分析から得られた発見は、二つにまとめることができるでしょう。
第一に、旧PCAではほぼ重なっていた第2番第1楽章と第7番が、Origin_PCSet_Ratioでは大きく分離する。これは「似た力学を示す作品が、同じ原理で組織されているとは限らない」ことを示しています。
第二に、《タピオラ》は55楽章コーパス全体で唯一のf6優勢楽章である。これは、全音音階的な音組織とf6の理論的対応を、実データによって非常に明瞭に確認する例となっています。
この二つの発見は、一見すると別々の話に見えるかも知れません。しかし、実際には同じ方向を指していると考えられます。それは、音楽の調的組織を、一つの「中心」や一つのPCA上の位置だけで理解することはできないということです。五度圏上で似ている作品が、内部の音集合構造では大きく異なることがある一方で、逆に、一つの作品が、コーパス全体から見ても特定の音程構造に極端に特徴づけられることもあるのです。
ここまでの結果を、シベリウスの音楽的主体という問題に接続すると、興味深いことが見えてくるように思えます。シベリウスの主体は、マーラーのように自分自身を絶えず物語化する主体ではありません。またラヴェルのように、外部環境を精密に設計してそこに自己を置く主体とも異なります。むしろシベリウスでは、複数の音集合的・音程的関係が形成する環境のなかから、主体のあり方そのものが立ち上がってくるのです。その意味で、今回の分析は、シベリウスを「調性が弱い作曲家」と見ることを支持するものではなく、むしろ、調性の中心だけでは記述しきれない、複数の関係によって構成された音楽的環境として捉えることを支持するように思えます。
そしてこの環境は、作品ごとに同じではないのです。第2番と第7番のように、表面的には似た力学を示しながら内部構造が異なる場合もあれば、《タピオラ》のように、コーパス全体から見ても突出した音程構造を持つ作品もあります。シベリウスの「環境」は、均質なものではないのであり、それ自体が複数の組織原理によって構成されているのです。このことが、今回の55楽章コーパスによる新指標・DFT分析から得られた、シベリウスについての最も重要な手掛かりであると考えます。
そして、この手掛かりをもとに、次の分析ではシベリウスのコーパスを交響曲以外へと拡張します。そこで問われるのは、この「環境としての音楽」という特徴は、交響曲というジャンルの内部だけに現れるものなのか。それとも、シベリウスという作曲家の音楽的主体そのものに、より広く現れるものなのか。という点です。
(2026.10.12 公開)