1. はじめに
本稿は、旧分析における「続・他の作曲家との比較——ポスト・マーラーへの延長線(データ分析概要紹介・速報版(3))」に対応する位置づけの比較分析である。
旧分析では、マーラーとペッテションを主要な比較軸として、五度圏上の重心軌道から得られる調性力学的特徴を他の作曲家との関係において検討した。本稿では、その比較枠組みを維持しつつ、分析対象を拡大し、さらに新たに導入された三層の指標、
五度圏重心の方向性・滞在構造
ピッチクラスセットの離散フーリエ変換(DFT)による構造モード
三和音および原点PC集合を中心とする和声構造
を組み合わせて比較する。
今回のコーパスは50分析単位からなり、マーラー12、ペッテション11、ラヴェル7、ホルスト6、シベリウス5、フランク2、ショスタコーヴィチ2、その他6作品を含む。一部の作品では複数のMIDIファイルを独立した分析単位として扱っている。そのため、本稿の数値は「作曲家の代表値」を確定するものではなく、各作品・各MIDIに現れた調的組織のプロフィールを比較するための速報的記述として位置づける。
本稿の目的は、他の作曲家を順位づけることではない。マーラーとペッテションを二つの基準的プロフィールとして設定し、その周囲に他の作品がどのような構造的位置を占めるかを確認することにある。
2. 分析対象と方法
2.1 分析対象
今回の分析対象は以下の50単位である。
なお分析単位数は作品数ではない。ホルストについては単一の作品組曲「惑星」の第1曲「火星」の6種類のMIDIである。このケースは極端であり、他にはラヴェルで2種類のMIDIが存在する作品を含むのみだが、複数MIDIが存在する作品については、MIDI間の差異そのものを分析上の情報として保持する。したがって、同一作品の複数ファイルを平均して一つの値に置き換えるのではなく、まず個々の分析単位を確認し、その後必要に応じて作曲家単位の概況を示す。
2.2 三層の分析
第1層:方向性・滞在構造
主な指標は以下である。
Avg_r:五度圏中心からの平均距離
Anisotropy_Ratio:軌道の方向分布の異方性
Residence_Entropy:主要な滞在領域への集中度の分布
Dominant_Residence_Ratio:最大滞在領域の占有率
Attractor_Number:検出されたアトラクター数
この層では、単純な「調性中心からの距離」だけでなく、どの方向に動き、どこに滞在し、単一の領域にどの程度集中するかを捉える。
第2層:DFT構造
ピッチクラスセットをDFT空間に写像し、f1〜f6のモードプロフィールを比較する。
特に今回の比較では、
f3
f4
f5
f6
の相対的な強さと、Fourier_Concentrationを重視する。
第3層:和声構造
以下の指標を用いる。
Exact_Triadic_Ratio
Triadic_Neighborhood_Ratio
Tonal_Focus
Terz_Ratio
Origin_PCSet_Ratio
この層によって、DFT上の構造的集中が、必ずしも三和音的な調性集中と同一ではないことを検討する。
付記:データの位置づけ
本稿で使用した50分析単位には、同一作品の複数MIDIが含まれる。このため、本稿における作曲家平均は母集団の代表値を意味せず、今回収集された分析単位における記述統計である。
また、DFTのmode優勢、方向性、三和音性の関係は、現時点では相関関係およびプロフィール上の対応として記述する。これらを作曲家の美学的意図や歴史的因果関係に直接結びつけることは避け、個別作品分析および追加コーパスによる検証を必要とする。
3. マーラーとペッテション——二つの基準プロフィール
今回の比較で最も重要なのは、マーラーとペッテションが単純な「調性の強弱」の両端を形成しているわけではないことである。

マーラーでは、五度圏上の平均距離が比較的大きく、f5が優勢であり、さらに三和音および三和音近傍への集中も高い。
一方ペッテションでは、Avg_rが低く、Residence Entropyが高く、Dominant Residence Ratioが低い。また三和音への集中もかなり低い。
したがって両者の違いは、
調性が強い/弱い
という単一軸よりも、
マーラー:広い調的空間を展開しながら、f5および三和音的構造を保持する
対
ペッテション:局所的方向性を保持しながら、単一の調的中心や三和音への持続的収束を弱める
という構造的差として捉える方が適切である。
4. DFT空間から見た比較
DFT Dominant Mode の分布を以下に示す。

4.1 マーラー——f5を中心とする構造
マーラー12分析単位のうち9単位でf5がDominant Modeとなり、3単位がf4となった。
平均値では、
f3 = 0.370
f4 = 0.421
f5 = 0.470
f6 = 0.276
である。
したがってマーラーでは、f5が他の主要モードを上回ることが明瞭である。
特に第1〜8交響曲および《大地の歌》ではf5が比較的安定して現れる。一方、第9番・第10番ではf5の優勢度が低下する。
このことは、旧分析で観察されたマーラー後期の調的構造変化と、DFT側の構造変化を接続する可能性を持つ。ただし、この段階では因果的な関係を主張するのではなく、五度圏分析とDFT分析の双方に後期作品の変化が現れているという対応関係として扱うべきである。
4.2 ペッテション——f4を中心とする構造
ペッテション11作品では10作品がf4 dominant、1作品のみf3 dominantである。
平均値は、
f3 = 0.369
f4 = 0.407
f5 = 0.339
f6 = 0.230
である。
したがってペッテションでは、マーラーにおけるf5優勢とは異なり、f4を中心とする構造が一貫している。
特に第10番以降ではAvg_r、三和音比率、Fourier Concentrationのいずれも低下する作品が現れ、DFT上のf4優勢とともに、より広域的・非三和音的な組織へ移行する様相が確認できる。
5. ラヴェル——f5型だが三和音型ではない
ラヴェルは今回、マーラーとの比較において特に重要な位置を占める。
7分析単位中6単位がf5 dominantであり、平均f5は0.417である。したがってDFT空間では明確にマーラー側に近い。
しかし、
Exact Triadic Ratio = 0.139
Triadic Neighborhood Ratio = 0.236
であり、マーラーの0.330/0.417を大きく下回る。
つまり、
f5の優勢と三和音集中は同じ現象ではない
ことが明確になる。
ラヴェルは、五度圏的・DFT的にはマーラーに近い一方、その内部を構成するPC集合構造はより非三和音的である。
この結果は、DFTを単純な「調性強度」の指標として扱うことの限界を示すと同時に、DFTとPC集合構造を併用することの有効性を示している。
6. シベリウス——高いスペクトル集中と作品間分岐
シベリウスでは作品間の差が大きい。
特に、
第2交響曲第1楽章:Fourier Concentration = 0.098
第6交響曲第1楽章:0.067
第6交響曲第4楽章:0.047
《タピオラ》:0.031
第7交響曲:0.012
という順になる。
第2番第1楽章ではf4が0.651に達し、第6番第1楽章でもf4が0.604となる。
一方、第6番第4楽章ではf5が0.553、第7番ではf5が0.458、《タピオラ》ではf4が0.402である。
したがってシベリウスは、単一のDFT型に還元することが難しい。
重要なのは、
シベリウスでは、特定の作品に非常に高いFourier Concentrationが現れる一方、その集中先となるmodeが作品によって異なる
という点である。
これはマーラーのf5型、ペッテションのf4型とは異なるタイプの構造的個性として捉えられる。
7. ショスタコーヴィチ——マーラー型集中とf4/f5の横断
ショスタコーヴィチ2作品は、
Avg_r = 0.540
Exact Triadic Ratio = 0.365
Triadic Neighborhood Ratio = 0.397
であり、これらはマーラーに比較的近い。
一方DFTでは、第9番がf5、第10番がf4 dominantとなる。
したがってショスタコーヴィチは、
比較的高い調的重心集中と三和音性を保持しながら、作品間でf4/f5を横断する
プロフィールとして現れる。
この点では、ペッテションよりもマーラーに近い構造を持ちながら、DFT modeの固定性はマーラーほど強くない。
8. フランク——高い三和音性と高い方向分散
フランクの2つのMIDIは非常に近い値を示す。
平均値では、
Avg_r = 0.492
Anisotropy Ratio = 0.954
Exact Triadic Ratio = 0.387
Triadic Neighborhood Ratio = 0.411
f4 = 0.536
である。
したがってフランクは、三和音性ではマーラーに近いが、DFTではf4が優勢である。
さらにAnisotropy Ratioが非常に高いことから、マーラーのプロフィールを単純に前史として延長するより、
高い三和音性と広い方向分布を併存させる別の調的組織
として扱う方が適切である。
9. ホルスト——明瞭なf3型
ホルスト《Mars》の6つのMIDIでは、すべてf3がDominant Modeとなった。
平均値は、
f3 = 0.521
f4 = 0.343
f5 = 0.384
f6 = 0.318
である。
したがってホルストは、
マーラーのf5型
ペッテションのf4型
のいずれにも直接還元できない。
さらに6つのMIDIでf3 dominantが共通しているため、ここではMIDI差を超えて作品の構造的特徴としてf3優勢が現れている可能性がある。
ただし、各MIDIでf3の強度には差があるため、dominant modeの安定性とmode間強度の安定性は区別する必要がある。
10. ウェーベルンとシュニトケ——低Avg_rは共通でも構造は異なる
ウェーベルンでは、
Avg_r = 0.343
Exact Triadic Ratio = 0.108
Triadic Neighborhood Ratio = 0.135
f3 dominant
となる。
シュニトケでは、
Avg_r = 0.305
Exact Triadic Ratio = 0.007
Triadic Neighborhood Ratio = 0.050
Fourier Concentration = 0.009
となる。
両者はAvg_rの低さという点ではペッテションに近いが、同じ構造とは言えない。
特にシュニトケでは三和音構造への集中が極めて低く、DFTの各modeも全体として平坦である。
したがって、
低いAvg_rは単一の音楽的構造を意味しない
ことが確認される。
これは今回の多層指標化によって初めて明瞭になった点である。
11. マーラー/ペッテションから見た全体配置
作曲家平均を比較すると、今回のコーパスはおおよそ以下のような構造を示す。

この表から重要なのは、単一の順位ではなく、複数の軸が独立して動いていることである。
特に、
Avg_r と f5:r ≈ 0.90
Avg_r と Exact Triadic Ratio:r ≈ 0.83
Avg_r と Triadic Neighborhood Ratio:r ≈ 0.89
f5 と Triadic Neighborhood Ratio:r ≈ 0.69
f4 と Fourier Concentration:r ≈ 0.74
という関係が得られた。

これは、少なくとも今回の50分析単位では、
五度圏重心の平均距離、f5成分、三和音近傍集中が一定程度まとまって現れる
ことを示している。
一方、f4は別の構造軸を形成する可能性があり、f4の高さはFourier Concentrationと比較的強く結びついている。
したがってDFTのmodeは、単純な「調性の強さ」を測定しているのではなく、調的組織の構造的な型の違いを反映していると考える方が適切である。
12. 複数MIDIを含む作品から見える方法論的問題
今回のコーパスでは、同一作品に複数のMIDIがあることが分析上重要な意味を持つ。

12.1 安定する例
フランク《交響曲》では2 MIDIの結果が非常に近い。
またラヴェル《ラ・ヴァルス》では、
Avg_r:0.440 / 0.452
Anisotropy:0.724 / 0.730
f5:0.408 / 0.415
Fourier Concentration:0.009 / 0.008
となり、かなり高い再現性が確認できる。
12.2 指標によって変動する例
ラヴェル《PC》では、Avg_rの差よりもAnisotropyと三和音比率の差が大きい。
これは、
大域的な重心位置は比較的安定していても、方向性やPC集合構造はMIDI実装に敏感であり得る
ことを示す。
また《ダフニスとクロエ》ではAvg_rがほぼ同じである一方、Anisotropyには大きな差がある。
したがって、今後の作品比較では、
作品間差
MIDI間差
指標間差
を分離して扱う必要がある。
13. 本分析から得られる「ポスト・マーラー」の構造
旧分析では、マーラーからペッテションへ至る比較を、マーラー以後の調性力学の変化という観点から検討した。
今回の新指標による拡大分析は、その見方を修正する必要性を示している。
今回確認されたのは、単一の直線的な歴史ではなく、
マーラー的構造を起点として、複数の異なる調的組織へ分岐する構造
である。
その概念図は次のように整理できる。
マーラー
f5/高Avg_r/高三和音集中
↓
ラヴェル
f5を保持しつつ三和音集中を低下
ショスタコーヴィチ
比較的高い重心・三和音集中を保持しつつf4/f5を横断
シベリウス
高いFourier Concentrationを作品ごとに異なるmodeへ配置
ホルスト
f3中心の構造
ペッテション
f4/低Avg_r/低三和音集中/高Residence Entropy
ウェーベルン・シュニトケ
低Avg_rと非三和音性をさらに異なる構造へ展開
このように見ると、「ポスト・マーラー」は一つの方向への進歩史ではなく、調的組織の複数軸への分化として理解することができる。
14. 「音楽的主体の存在様式」という観点から
今回の結果は、現在の統合レポートで採用している「交響曲的主体の存在様式」という問題にも接続できる。
ここで重要なのは、主体を単に「調性が強い/弱い」という尺度で測るのではなく、
どのような調的空間を形成するか
その空間をどの方向に移動するか
特定領域にどの程度滞在するか
三和音をどの程度構造的基盤とするか
DFT空間のどのmodeを優勢にするか
という複数の次元から捉えることである。
この観点から見ると、マーラーとペッテションの差は、単なる「調性の崩壊」の前後ではない。
マーラーでは、広域的な調的運動とf5/三和音構造が併存する。
ペッテションでは、局所的方向性が残される一方、単一中心への収束と三和音的基盤が弱まる。
そしてラヴェル、シベリウス、ショスタコーヴィチ、ホルスト、ウェーベルン、シュニトケは、それぞれ異なる仕方でこの問題を再構成する。
したがって、今回の新指標分析が示しているのは、
マーラー以後の音楽が「調性を失った」という単純な歴史ではなく、音楽的主体が利用する調的空間そのものが複数の異なる構造へ分化していく過程
として捉えられる可能性である。
ただし、これは現段階ではデータから直接確定された歴史命題ではなく、今回の指標構造から導かれる解釈仮説として位置づける必要がある。
15. 方法論的含意
今回の分析から、旧指標と新指標の関係についても重要な示唆が得られる。
旧指標は主として、
五度圏上でどれだけ中心から離れ、どの程度動くか
を測定していた。
新指標では、
どの方向に動くか
どこに滞在するか
どのPC集合構造を形成するか
そのPC集合構造がDFT空間のどのmodeを持つか
まで分析対象を拡張した。
したがって、新指標は旧指標を置き換えるものではない。
むしろ、
距離 → 方向 → 滞在 → 構成 → DFT構造
という多層化によって、旧指標では同じ「調性の弱さ」と見えていた作品を異なる構造として分離できるようになった。
ウェーベンとペッテション、シュニトケとペッテションなどの違いがその典型である。
16. 今後の課題
本稿は速報版であり、以下の点は今後検証が必要である。
16.1 作曲家数と作品数の均衡
マーラー12、ペッテション11に対して、その他の作曲家は1〜7作品であるため、作曲家平均の比較には標本数の不均衡がある。
16.2 MIDI差の統計的評価
複数MIDIを持つ作品については、今後、
MIDI間のICC
指標ごとの変動係数
作品内分散/作曲家間分散
などを検討することで、各指標の頑健性を評価できる。
16.3 DFT modeの音楽理論的解釈
f3/f4/f5/f6の違いが具体的な和声進行・PC集合構造・調的運動とどのように対応するかについては、個別作品の分析をさらに進める必要がある。
16.4 時系列分析
今回の比較では作品を主として横断的に扱った。マーラーとペッテションについて確認されている創作史的変化を、他の作曲家についても追跡することで、横断比較と通時分析を接続できる。
17. まとめ
今回の50分析単位による新指標比較から、以下の点が確認された。
マーラーはf5優勢・比較的高いAvg_r・高い三和音集中によって特徴づけられる。
ペッテションはf4優勢・低いAvg_r・高いResidence Entropy・低い三和音集中によって特徴づけられる。
ラヴェルはDFTではマーラーに近いが、三和音集中はかなり低く、両者を単純に同一視できない。
シベリウスでは作品ごとに異なるDFT modeに高い集中が現れ、単一の型に還元できない。
ショスタコーヴィチは比較的高いAvg_r・三和音集中を保持しつつ、f4/f5を横断する。
フランクは高い三和音性と高い方向分散を併存させる独自のプロフィールを示す。
ホルストはf3 dominantという明瞭な別系統を示す。
ウェーベルンやシュニトケでは、低Avg_rという共通性だけではペッテションとの構造的同一性を説明できない。
DFTのmode、五度圏重心、三和音構造の間には一定の対応関係があるが、それらは同一の指標ではない。
したがって、「ポスト・マーラー」は調性の単純な弱化ではなく、複数の調的組織への分岐として捉える方が、今回のデータには適合する。
最終的には、マーラーとペッテションはこのコーパスにおける二つの「基準プロフィール」として機能する。ただし、その他の作曲家はその間に一列に並ぶのではなく、f3・f4・f5・f6、方向性、滞在構造、三和音性という複数軸上に分散している。
この意味で今回の新指標分析は、旧分析で提示した「マーラーからペッテションへ」という比較を否定するものではなく、それを一方向的な歴史モデルから、多次元的な構造分岐モデルへ拡張するものと位置づけることができる。