ラベル ヴェーベルン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ヴェーベルン の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2008年11月3日月曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):後期ヴェーベルンはニヒリズムか

(2024.5.23 お詫びと訂正の追記)「後期ヴェーベルンはデカダンスか」というこの小文の旧タイトルは、「後期ヴェーベルンはニヒリズムである」という、2008年10月11日の三輪眞弘さんの新作演奏会での鼎談での西村朗さんの発言を、私が聞き違えて記憶したものに基づいています。(ふとしたきっかけで、この鼎談を収録した2009年冬刊行の『洪水 第3号 特集 三輪眞弘の方法』の当該記事を再確認したところ、西村さんは「ニヒリズム」という言葉は繰り返し使っていますが、「デカダンス」とは言っていないことがわかり、大慌てでこの文章を記している次第です。)

 元の文章では、こうした場での発言を前後の文脈から切り離して論じることには危険が伴うといったことを書いていますが、お恥ずかしいことに、それ以前の問題としてそもそもが私の記憶はどうやら不正確であったらしく、誤認に基づくタイトルの記事を書いて公開した儘、ずっと気付かずに、訂正もお詫びもなく掲載し続けていたことについては弁解の余地がありません。ところが直接それを西村さんにお知らせしようと思っても、誤認に気付いた時には、西村さんは既に逝去されていており、お詫びのしようがなく、この場にお詫びと訂正の追記をすることしかできないのは大変に遺憾です。

 その一方で、この小文の主旨を踏まえた時、「ニヒリズム」を「デカダンス」と聞き違えたことが、どの程度大きく影響しているかという問題が別にあります。ここでは西村さんの発言に合わせて、タイトルを「後期ヴェーベルンはニヒリズムか」に改め、文中の「デカダンス」を「ニヒリズム」に置き換えても、主旨には大きく影響しない、それどころか、特定のある時期の西欧の思想的傾向に限定され、より一般に「人間」の解体、「ひとのきえさり」が問題になっているのだとすれば、寧ろより適切であると判断し、そのような修正をすることにしました。

 実は執筆時点で私の念頭にあったのは所謂思想的な傾向としての「ニヒリズム」というより、個人的な創作のプロセスにおける「踏み外し(faux-pas)」としての「デカダンス」(この言葉は俗ラテン語のdecadereに由来していて、「カダンス」からの逸脱、破調、破格のようなニュアンスを含むものとして、従って、通常、文化史で用いられる特定の時代(19世紀末)の特定の思潮を指すものとしてではなく用いたものでしたが)の方で、ヴェーベルンについて言えば、後期に至って、道を踏み外し(この見方に立てば、作品23のヨーネ歌曲集が、ヨーネの詩集「道なき道」に所収の詩によるものであるのは偶然にしては出来すぎているということになるでしょうが)、或る種の袋小路、行き止まりに陥ったのではないか、という疑問を取り上げたものであって、それが「ニヒリズム」といったような思想的な傾向に属するものであるかどうかを問題視していたわけではありませんでした。そのことを踏まえれば「デカダンス」という言葉に独自の意味合いとニュアンスを持たせて使っていることについて元の小文で一切の注記をしなかったことも問題で、「後期ヴェーベルンはデカダンスである」という言葉が独り歩きすれば、それは後期ヴェーベルンを、例えばボードレールやワイルドと一緒にするという、とんでもない混同をしていると受け止められてしまい、かつ、それを西村朗さんの発言であると記したのは、大きな誤解を招きかねないミスであったことになります。この点も含めて、遅ればせではありますが、重ねて西村朗さんに対してお詫びを申し上げます。

*   *   *

「後期ヴェーベルンはニヒリズムである」とは西村朗さんの発言で、先日(2008年10月11日)の三輪眞弘さんの新作演奏会での鼎談でのものである。こうした場での発言を前後の文脈から切り離して論じることには危険が伴うのだが、ここではその発言の真意を探ることが目的ではなく、くだんの発言をきっかけに、自分がどのように「後期ヴェーベルン」を受け止めているかを再度確認してみたくなっただけのことである。事実としてきっかけはかくの如くであったのだからそれは書き留めておくことにしよう。もし西村さんの発言に寄り添うならば、「後期ヴェーベルン」とは一体何時から始まるのかという点についても検討が必要に違いないが、ここでは私が常日頃漠然とそう感じているように、Op.21の交響曲からOp.31の第2カンタータまでを指すものとする。この区分は別に奇を衒ったものではなく、ごく一般的なものだとは思うし、別段楽曲分析などしなくてもOp.21からはっきりと作品の雰囲気が変わることは聴けば明らかなことだとは思うが。

例えば私がずっと聴いてきたケーゲルのヴェーベルン作品集にはOp.21が含まれている。ヴェーベルンは中期にはほとんど歌曲ばかりを書き続けていたから、このような管弦楽曲集ではOp.21だけ明らかに雰囲気が違っていて、それが一応調性のあるOp.1といわゆる無調期のOp.5,6,10との間の差よりも遙かに大きいように感じられるというのは考えてみれば不思議なことかも知れない。だが近年人気があるらしいヴェーベルンの習作期のはっきりと調性のある作品群とOp.1を比べると、こちらはこちらで無調期の作品に寧ろ近いものに感じられるのだ。習作期のヴェーベルンを聴いてヴェーベルンが捨ててしまったものを惜しむ声があるのは理解できないではないが、けれどもこの点については私の嗜好ははっきりしていて、私は最初にはOp.10の、ついでOp.3,4のヴェーベルンに魅惑されたのだから、私にとって調性がないことは壁であるどころか、寧ろ魅力の源泉であったのだ。調性がない「にも関わらず」魅力ある作品ではない。ヴェーベルンが選んだ手法はその音楽の実質に見事に見合っている。結局、恐らくOp.1以前の様式の範囲で熟達が達成されても、私にとってはさほど魅力的な作品にはならないに違いない。

だがその一方で、それら初期の無調の作品の控えめだけれどもしなやかで強い表出性への傾倒は、後期の作品群への距離感と裏腹なものであったことは否み難い。そうはいってもそれがヴェーベルンの作品であることは間違いなく、他の同じ技法による作品とははっきりと異なって響きはするけれど、それでも後期作品の佇まいには何か近寄り難いものを感じていたのは事実である。一般には主観的なものから客観的なものへの移行があった、否、そこには或る種の弁証法的な逆転、相転移があったとされるようだ。素材の透明化を進めていくヴェクトルが、素材への主体の強制の忌避となり、かえって主観の透明化を招来した、などなどといった説明が可能で、そこでの主体の没落が、そもそも無調期の表現主義的なヴェクトルのある意味では自然な帰結でありえる(没落を予感する主体の叫びが、無調期の強い表出性をもたらしているとするわけだ)が故に、ここにニヒリズムを見ることも確かに可能かもしれない。12音技法をファシズムと短絡させることに批判はあるけれど、そうした連関への嫌疑を惹き起こすだけのものが文脈の側には備わっている、というわけだ。

だが、同様に(もちろん実際の具体的な様相は異なっているが)やはり些かの距離を感じていた中期歌曲が「わかって」しまうようになり、しばらくするうちに後期作品の聴き方も随分と変わってきた。勿論それが初期の無調作品のように主観的に響くということはないし、後期作品の持つ或る種の客観性、情緒的なものをほとんど受け付けないような、鉱物的とでもいえるような透明感の印象は変わらない。変わったのはその音楽から受ける印象がずっと具体的で生き生きとしたものに感じられるようになったこと、そして作品を見つめるヴェーベルンの視線のようなものが感じられるようになったことである。歌詞のある作品についても音楽と歌詞との間にギャップがほとんど感じられなくなってきたのである。印象派的ではないけれど、そこには風景が存在する。光の調子や空気の感じが伝わってくる。それは作品の内容とは直接関係ないかも知れないが、少なくともヴェーベルンが一体何にインスピレーションを得てこのような作品を作ったのかがわかるような気がする。もっと言えばヴェーベルンが何故このような作品を作りたかったのかがとてもよく分かるような気がしてきたのである。それをニヒリズムと呼ぶかどうかは、少なくとも私にとってはどうでもいいことだ。ニヒリズムならきっとわかるようになってきた私もニヒリズムに陥りつつあるのかも知れないが、それでも別に構わないように思われる。

ヴェーベルンは恐らくここで作品を自分が恣意的にでっちあげたものだという考えを持たなかったろうし、それはヴェーベルンがまさに目指していたことに違いない。だとすればこれはうまくいっているのだ。例えばOp.21の第1楽章はマーラーの第9交響曲の第1楽章のすぐ隣にあるのは間違いない。でもここにはマーラーにあった主観的なものが根こそぎ取り払われていて、自我が抱え込んでいる自己の有限性故の葛藤は端的に存在しない。でも、この音楽は抽象的な音の戯れなどでは全くない。ヴェーベルンが多くの時間を過ごした山の風景が、その空気や光が一杯に後期の作品群の中に閉じ込められている。そしてその輝きを、生気を、清々しさを私はその作品を通じて一杯に浴び、吸い込むことができる。感受の感受、感受の伝達はここでも起きている。

ヴェーベルンは後期に至って、若き日に研究したフランドル楽派の音楽と、自分の音楽とを突き合わせるということをしているし、ゲーテの原植物や、法則という意味でのノモスについて言及してもいる。(これらは翻訳もあるヴィリ・ライヒ宛書簡で読むことができる。)フランドル楽派のような音楽への接し方は、果たして退行なのか。そこにはニヒリズムを認めるべきなのか。主観性を超えた秩序、法則の反映として音楽を考えるという、ピタゴラス派的と言って良い姿勢(ただし、それは主知主義的であるとは限らない)もまた、ニヒリズムなのだろうか。それぞれの具体的なありようは異なるが、各自の仕方でそうした客観の側の秩序(無秩序でも構わないが、とにかく一般にイメージされるロマン派的な「主観性」とは対極にあるそれ)と自らの音楽との関係を探求した人たち、例えば後期のシベリウスは、クセナキスは、三輪眞弘のアルゴリズミック・コンポジションは、これらもやはりニヒリズムなのか。勿論、それらを単純にひとくくりにすることはできないが、それなら再びヴェーベルンの場合に戻って、その生成の文脈を離れて、今、ここで私が向き合っているその作品にニヒリズムを認めなくてはならないのだろうか。

ここで私はヘルダーリンの最晩年の断片の幾つかを思い浮かべる。ヘルダーリン伝を書いたホイサーマンが「(...)生は次第に主観的な色調と緊張を失う。さまざまな現われは客観的なもの、幻影のようなものになる。」(野村一郎訳)と書いたような断片たちのことを。例えば「冬」Der Winter、あるいは、ヘルダーリンの絶筆となった「眺望」Die Aussichtといった作品の背後にある認識をまた、ヴェーベルンの後期作品同様ニヒリズムと呼ぶかどうかは最早どうでもいいことのように思える。私にとってはいずれもかけがえのない作品であること、否、それどころか、慎ましいものではあるけれども、私の生命よりもそれらの作品達の方がずっとずっと永い生命を持ち、これからも受け継がれていくこと、遙かに大きな価値を有するものであるということを確信できるだけで私には充分である。(2008.11.2,3, 2009.11.8改訂, 2024.5.23 西村朗さんの発言に関する誤認についてのお詫びと訂正を冒頭に付記し、内容を一部修正して改題した上で改訂版として公開)

2008年3月1日土曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):作品についてのある仮説

ある作曲者についての言説の圏内にいると、いつの間にか自明の前提というのが出来てしまって、必ずしも当然ではないことでも無意識的に通り過ぎてしまうということがしばしば起きる。勿論、そうした前提を準備しているのは作品自体でもあるわけだし、決してそれを不当なことであると言いたいわけではない。けれども、一歩身を退いて考えればそうした前提によって見過ごされてきたことで、少なくとも私の様な単なる音楽の享受者にとっては些かも自明でないことが結構あって愕然とすることも多い。

ヴェーベルンの音楽は20世紀のある時期の「前衛」、トータル・セリエリスムの視点から語られ、分析されることが多かった。そこではある作品の、更にある楽章の内部の構造が問題にされることが多かったように思われる。

ところで、ヴェーベルンの作品は、それが歌曲集のようなものであれ、晩年のカンタータや多くの器楽曲のようなものであれ、複数の楽章を1つの作品としてまとめて作品番号を付する場合が多かった、というより常であったと言って良いと思う。(なおここでは、ヴェーベルンが作品番号を付して出版した作品に限定して考えることにしたい。)勿論、その内実は様々で、歌曲集のようにグルーピングに便宜的な性質が強いものもあれば、明らかに楽章の選択・排列に意図が読み取れるものもある。だが、歌曲集なら一律便宜的かと言えばそうとは
言えないのは明らかだし、カンタータ第2番に至っては、典礼文を用いているわけではなくともミサ曲に類比する作曲者自身の発言があったりもする。一方で器楽曲は、プランの段階では3楽章のものが、結局2楽章になってしまったりということもしばしばあって、楽章の順序もまた最終形に到達するまでに入れ換えが行われた形跡もあるようだ。

一方で演奏と享受の相を眺めてみると、5つの小品などと命名された曲集でも、ではそれを入れ換えて演奏することが行われているかといえば決してそんなことはないようだし、作曲者自身も許容していたらしい、一部の抜粋演奏の方もあまりやられているようには見えない。最後の点についていえば、ヴェーベルンの作品の短さが、逆に今日のコンサートという社会的な制度の中で、かえってその作品の居場所を確保にしにくくしている側面も否定できない
だろうし、演奏者にしても聴き手しても、1分に満たないヴェーベルンの作品のある楽章を脈絡もなく突然演奏し受容するのは現実問題として困難なことだろう。

ところで、ではそうした、一見任意性が高いように見える―少なくとも楽章内の構造の厳格さに比すれば、その自由度の大きさは明らかに見える―、それでいて全く任意というわけでもないのもまた否定し難いヴェーベルンの楽章構成のあり方について、どれだけ議論がなされているかについて言えば、私が知らないだけなのかも知れないが、少なくともそれが「流行」のトピックになったことはないようだ。モダニスム後の近年の潮流において、ヴェーベルンの作曲における叙情的な側面が強調されたり、あるいは―これは非常に正当な観点であって、寧ろこれまでこうした議論がなされなかったことの方が私にとっては不思議なくらいだが―ヴェーベルンにおける「自然」とは何かについての議論が為されたりという傾向があって、それらは私にとって些かの違和感もないどころか、ようやく自分がそのように聴いてきたヴェーベルン像に近づくようなアプローチが専門の学者によって行われるようになってきたことに意を強くしているところも多いのだが、その一方で、上述のような楽章構成の問題が中心的に論じられているようには見えない。

いつもマーラーとの対比になるのだが、音楽の受容のトレンド上、ヴェーベルンの「セリー」からマーラーの「自然の音」、「層的作曲」という時代の流れもあってか、両者は両極にあるものとして捉えられることが多かった。勿論、ヴェーベルンの中でも作品6における葬送行進曲や、作品10におけるカウベルに代表されるような音色への拘りにマーラーからの影響を見出す指摘はあったが、それは結局のところ部分的なものであったり、一部のパラメータに限定されたものであったようだ。

だが、私にとっては風景は随分異なったものに見える。ヴェーベルンの楽章構成の任意性は、マーラーの交響曲の楽章構成の任意性とどれだけ隔たったものなのか。特に後期には顕著になる作品間での音列の「共有」と、マーラーにおける作品やジャンル(ここでは交響曲と歌曲)をまたいだ動機連関や「相互引用」とは、どれだけ異なったものなのか、些かも私には自明のこととは思われない。単なる創作時期の区分に留まらず、マーラーの作品を幾つか
まとめて「連作」として捉える見方はマーラーにあっては寧ろ自然で普通の発想で、果てはその交響曲全体を1つの総体として捉える議論すらある位だが、ヴェーベルンの作品間に、同様の見方を持ち込むことはそんなに乱暴なことだろうか。あるいはまた、歌曲と器楽曲との間の往還というのをヴェーベルンの場合に認めることはできないのか?晩年のカンタータを、例えばマーラーにおける第8交響曲や「大地の歌」のような試みと類比するのは不当なことだろうか。

残念ながら、これらの疑問は修辞的なもので、実はそれらについて説得力のある議論が展開できるだけの準備が既にあるわけでは決してなく、現時点の私にとって純粋に疑問のかたちを取っているのだが、その一方で、自分の聴経験に照らして考えるに、それらの疑問がそんなに破天荒なものであるとも思えない。要するに、マーラーとの並行性は、通常考えられている以上に徹底したものがあって、それを共通性と捉えるにせよ、マーラーからヴェーベルンへの影響と捉えるにせよ、ヴェーベルンがマーラーに見出していた共感は、決して皮相なものではなかったのでは、というのが私の「仮説」なのである。

そしてヴェーベルンにおける「自然」についての議論は、恐らくそうした楽章構成の問題と表裏一体の関係にあるように私には感じられる。ヴェーベルンがマーラーに影響されて、ゲーテの「原植物」を作品構成のメタファーとして用いたのは良く知られているが、通常そのメタファーが有効と考えられている―そして、恐らくヴェーベルン自身がそう考えていた―領域よりももう少し広い範囲で、しかもそうした「自然」概念についての音楽学的な議論が自ら課する、一つには実証性の要請に基づくのであろう、文化史的な視点や歴史主義的な視点の制限に囚われずに、ヴェーベルンにとって「作品」を作ることとは何であったのか、私にとってヴェーベルンの作品とは何なのかを考えてみたいと思う。そしてそれを考える際に、楽章構成に纏わる問題は有効な手がかりになるように感じているのである。(2008.3.1)

2007年6月14日木曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):ヴェーベルンを巡っての8つの断章

I.

作曲者の意図と作品と、いずれに忠実であるかは明らかで、問題は主体の意図ではなく、作品がどうであるかということだ。
だが、社会的なものに還元する傾向への懐疑は、寧ろ拒絶反応に近い。

もし社会学的還元を是とするなら、「作曲者」はどうなる?天才の神話は?あるいは「個性」と言われるものは?(それらの否定のためにそうした還元がことさらに顕揚された面もあるだろう。)
観相学が結局、個人を媒体に生産された音楽を、社会を映し出す鏡として利用するものなら、ヴェーベルンその人はどうなってしまうのか?

私にとっては、音楽史よりも、ヴェーベルンの環境でもあり、拘束条件でもあった社会の相貌よりも、ヴェーベルンという人の、何なら「媒体」としての人間の特性の方が重要なのだ。

勿論、性格・個性というのも或る種の「檻」かも知れないが。だが、そうした感じ方にもヒュブリスが潜んでいないだろうか?


II.

音楽を選択することが逸脱になるかならないか、という基準。

ヴェーベルンは音楽「学」を修めた点で異色だ。ただしその後のキャリアにおいては葛藤は大きかった。
ロマン派の作曲家の多くは逸脱だろう(ベルリオーズ、シューマン ... )アマチュアであった点が、ロマン派の特徴の一つではないか。
だが、そのかわり、逸脱は自由を、新しさを可能にする。まずもって技術的な次元で。

外部の人間にとって、技術的な問題というのは、ある意味では常に存在する。ヴェーベルンだけに固有ではない。

わかりやすさ、というのは別の問題だ。
いずれにせよ、外部の人間には近づくことが困難な側面というものが存在する。
だが、伝統的な型とはことなる論理、特に数理的な秩序に支えられているとしたら、相対的にはアクセスしやすい。(例えばクセナキス。)


III.

音列は隠されるのか?旋律線≠音列でないような書法の可能性?(実際はどうなのか?分析と自分の聴いた印象と両方をつきあわせる必要性。)
音色旋律の導入によって、旋律線の見分けは一層困難になる。「点描」と呼ばれる所以か?(そしてホケットへ?)
それ以外のパラメータが「表現」の媒体として残された?

幾つかあるパラメータの機能が分裂している(あるパラメータは構造をにない、別のパラメータは表現を担う、、、)のか?

それでもヴォーカルライン、というのはあるし、フレージングもある。
確かに一旦パラメータ化してみて、機能を個別に考える「視点」はヴェーベルン自身が含み持つであろうものだから、ヴェーベルンの場合には決してトリヴィアルな進め方とは言えない。

それでは初期の音楽ではどうだったのか?習作期の伝統的な書法の場合は?

今やヴェーベルンの外に出ることなく、そうした問題をヴェーベルンの中で通時的に辿ることができる。
隠されたものではなく、隠し方の方に着目してはどうか?
セリー自体ではなく、セリーをどのように「装飾」するかに注目する。
すると拒否したかったもの、残したかったものが浮かんでこないか?

何故ヴェーベルンの音楽が、セリーの体系化が(これを等号で結ぶことを許容したとして)音楽の「人間化」の否定なのか?

一方の極で、自然現象のような印象主義の音楽がある。自然的時間と人間的時間??
「構築する」「編む」というメタファー。
展開・終結、線的な目的性の拒否?
どこかに辿り着くことの拒否?

いわゆるメタファーを受け入れたら、どういう事になる?
何が喪われたか、そしてそれはヴェーベルンが意図したことか?
再帰性。自己言及性。
セリーの構造に見つけられる?畳み込み?記憶はどうか?

短さ。
短さの社会学的意味。
演奏機会の少なさ?特殊編成の歌曲。
演奏のされやすさをあまり考慮しているようには見えない。
だが、編成の縮小は?社会学的要因はないのか?

繰り返しの禁止。情報量の観点からシェーンベルクのあの賛辞を考えよ。

IV.

初期においては明らかに、アドルノの指摘の通り、伝統的なドイツ歌曲のライン。主観的な抒情詩。通作形式。詩の長さが曲の長さを決める?

Op.3とOp.4。主観の動きの慎ましさがもたらす、むしろ印象派的なリアリティ。表現主義と呼ぶには外部は自律的で、主観は儚げに見える。寧ろ、
ここにこそ後期への萌芽を見るべきか?―おそらくは。

中期における歌詞選択の問題。勿論後期のヨーネも問題ではあるが。ベトゲや子供の魔法の角笛。宗教的なテキスト。
それから未発表ながら自作の詩。多様性と見て混乱があると見るのか、統一された志向を見るのか?

ヴェーベルンのop.13,14といった中期の歌曲があまりに心に沁みるのに驚く。
この音楽は、確かに傷ついたものの音楽だ。
そこには他者の影がさしていると感じられる。
混乱と不安。強い、強い感情の迸り。

ヴェーベルンの声楽曲が人によってはモノクロームと感じられることに驚く。これほど微妙な光と色彩にあふれる音楽を!?
何と自然な心の動きに忠実なヴォーカルラインであることか。
とにかく、自分の心の状態、魂の状態にこんなに近く響く音楽は無い。
Op.15の素朴といってよい肌触り、何という率直さだろう。
そして、そうした姿勢の背後に、彼が負った傷が見える様だ。

ヴェーベルンの「自立」、転回点は?1925年?少し遅れてop.19?20?21?
いずれにせよ40歳過ぎだ。

「その様に聴こえたのですか?」といって弟子を問い詰めたヴェーベルン。
だが、それは彼自身への問いだったに違いない。ひとつひとつの言葉に込められた思い。
op.16のカノンは既存の宗教からみたらあまりに個人的に、けれども切実に響く。
(アドルノのヴェーベルンの宗教性についてのコメントはおおむね正鵠を射ているように思われる。)


V.

聴感の問題、Op.21以降は異なる。
それは否定的に考えられるべきものか?
音楽史の問題ではない、世界に対する姿勢の問題として。
後期の聴き方は、だから重要だ。

後期の問題。音程関係が均質化されるとメロディーラインの表現するものの区別を見出すことが困難になる。
表現主義的な無調の時代と異なって、どの音楽でも「同じ世界が表現されている」ように聞える?
しかし、これが「個性」という「均質性」ではないのか?ブルックナーの交響曲のような場合と比較してどうなのか?
歌詞と音楽との関係は単純ではない。例えば宗教的なテキストにつけられた音楽が示しす多様性を考えよ。
一方で、初期の表現主義期との関係や、ヴェーベルンの内部での音楽の空間の中での位置付けは、やはり重要だ。

クセナキスのヴェーベルンへの(ある意味では大変に辛辣な)評価、初期は映画音楽、後期は退屈(dull)。
これは実際には、アドルノの賛辞と大きく異ならない。

例えばop.28のカルテットの静的な性格は、否定し難い。初期の作品の過度の感じやすさもまた。
主体がこうやって(アドルノはカフカのオドラデグを引き合いに出す)希薄になり、とうとう消滅するのはクセナキスには考えられないだろう。
クセナキスの音楽は暴力的な外の音楽だろうが、それは同じように暴力的な主体を前提にしている。(それは音楽の中にはないが、手前には確実にある。)
人間であることの限界に耐え難さを感じる、或る種のヒュブリスがある。

ヴェーベルン本人は、頑固で、およそ融通のきかない人間だったろうが、その頑固さがop.28の様な作品には反映している。
つまりここでの主体の消滅もまた、作品の界面に限った出来事で、作品のおける主体の拒否は、現実におけるヴェーベルンの世界の拒否のネガではないか、と疑ってみることはできるだろう。

しかし、これもまた「現象から身をひく」仕方の一つではないのか?あちら(マーラー)では顕揚されるそれと、ここ(ヴェーベルン)の晩年にどういう違いがあるのか?

ヴェーベルンの晩年には「死の影」がない?ヴェーベルンはその直前まで、自分の最期を予期してはいなかっただろう。
現象から身をひく、その理由が、従ってその様態が異なるのか?

ヴェーベルンにおける老い?
ベルクの死、ヴェーベルンにとってのほとんど「二人称の」死はどうなのか?あるいは息子の死は?
寧ろ一見「勝者」に見えるマーラーの方が、大地の何であるかをわかっていた?
ヴェーベルン最後のないものねだり?


VI.

不思議なのは、もし「世の成り行き」との葛藤がなかったとして、あるいはそこから逃避したとして、そこで表現するものがまだ残っているという事だ。
―勿論、理想的な、あるいは理念的な秩序、法則性を、世の成り行きから抽象して表現する、ということがあるのかも知れない。
例えばそれが「自然」であったりする、、、逃避の対象が実現される当のものである、という循環は、どこにでもあるようだ。
一方で、作曲家はやはり音という素材に向き合うという側面がやはりあるようだ。

構築するにせよ、構築することを拒んで、寧ろ「見つける」という姿勢をとる(cf.フェルドマンの場合がわかりやすい)にせよ、音に対峙するという位相、表現云々の問題以前に、素材として目の前に音がある、という側面が在る様だ。
特にヴェーベルンやシベリウスのように「世の成り行き」から身をひいた音楽の場合には、そういう契機があらわになるようだ。
―例えばオペラのために脚本に音楽をつけるという場合と異なって―「何のために」が与件として存在するわけではない。
音を手段として、表現する何かがあるわけでもない。

そういった意味合いでは、それが「世の成り行き」から強いられた―注文による―のではないとはいえ、マーラーの場合には「何のために」は、多くの場合、暗黙の与件だったように思われる。―つまり、世界を包含することがそれだ。
音楽は「手段」である、という意識があった。
ところがヴェーベルンやシベリウスの場合、音楽は手段ではなく、それ自体、目的のようだ。

ヴェーベルンの場合は歌曲の問題があるが―(そして、これはヴェーベルンが一般に音楽自体を目的とする絶対主義者と見做す立場が優位にあるので、特別に重要だ)―音の秩序自体が問題だ、というのが「世の成り行き」からの離脱の結果(望むと望まざるとに関わらず)のようだ。
だが、それはやはり危ういものではないか?

シベリウスの沈黙も、ヴェーベルンのop.21以降のあの奇妙に静的な性格も、その危機を物語る。
語りの衝動はどこから来るのか?そして聴取の衝動は?―これは「まずは」心理学的な問題だろう。
(ある意味ではヴェーベルンやシベリウスは、「現代音楽」の側にいる、つまり、「音楽は代償ではない」??―本当か???
であれば、寧ろ逆で、こちらこそ、現代音楽こそ、「世の成り行き」からの逃避ではないか?)

あるいは、さまざまな逃避のかたちだけではないのか?

音の聴取そのものを問うラディカリズムもまた、「世の成り行き」との関わりからすれば、ある種の逃避、疎外の果ての姿ではないのか?
別にそれらが聴き手から遊離していることを問題にしているのではない。
音に対する姿勢へのこだわりという位相に自明の事として―あるいは積極的にラディカルな立場と自分で思い込んで―住まうこと、それが寧ろ逃避の極限として、だから対立するものというよりは寧ろ、同じもののより徹底された姿として映るということだ。
そして、その危険は後期ヴェーベルンに、シベリウスの沈黙に、既に含まれていたのではないか?
だとしたら、単純に近代音楽を批判することはできないし、ショスタコーヴィチのようなあり方(強いられたものではあるが、「世の成り行き」との関わりに満ちている)を、時代遅れといって批判するのは見当はずれだ。

そこには、セリエリズムか、それの否定かという区別は大して意味をもたらさない。
音に対するつきつめが、どのような社会的条件のもとで可能になるのか、あるいはどういった心理的機制のもとで生じるのか。
(セリエリズムに疲れ、音を聴くことを選んだシェルシを思い浮かべても良いだろう。あるいは全く別の事例として、ティンティナブリに至ったペルトを考えても良いだろう。
一方の極として、フェルドマンやケージのようなアメリカの、アメリカならではの実験的なスタンスを考えても良い。)


VII.

一方、例えば、ヴェーベルンのような引きこもり、マーラーにおける(あるいはショスタコーヴィチにおける)世界の暴力的な相貌は、自我の、主体の側の態度のエコーではないのか、という問いもまた幾ばくかの正当性をもつだろう。
ヴェーベルンはやってくる世界を拒否した上で、「本当」のそれを、法則を見つけようとする。
そこで見つけた世界は、ヴェーベルンが望んだもの、暴力のない世界なのだ。暴力的に世界に対さない、「だから」世界にも暴力はない。
マーラー場合は、世界は、彼が世界に対して暴力的な分だけ暴力的なのではないか?
(だが多分、これは言いすぎだ。常に世界の方が主体より強く、主体は敗北するのだから。)
他者とともにある音楽?ヴェーベルンは独我論だろう。一般に自我の音楽は独我論的だろう。また自我の解消を目指す音楽も。

こうして見るとヴェーベルンの位置は全く持って扇の要にあたることがわかる。

無調の音楽は反復を拒絶すること、心理的な脈絡に忠実であることの要請に基づくものであった。
ヴェーベルンはその衝動に最も充実だったと言え、それがミニアチュア主義に繋がる。反復を避けることは12音を1回ずつ鳴らすことに還元されるという訳だ。
そうした主観主義がセリーへと転化する。少なくともOp.21以降、主体は自分がどこにいるのか、もうわからないだろう。何かが消えてしまったのでは、という印象は拭い難い。

主観だけでなく、「自然」についての検討が必要だ。
客観的な極の法則性、コンピュータで計算させるのが適切な、演奏する身体を考慮しない―実際は特に後期作品の演奏は至難とのことだ。
「心」に「魂」に近かったものが、―身体を消去してしまうのか?―自然にと離脱してしまう―Op.2の歌詞が預言したように―ように見える。
おまけに具合の悪いことに本人の意識の上では、「必然的な発展」と考えられている―個人史のみならず、音楽史上の歴史的な必然だと言うのだ。

だが、本当だろうか?シェーンベルクと異なって、基本音型とその派生型の一覧表がなくては作曲ができなかった―その可能なパターンから「耳の生理」に合致するものを「選択する」のが作曲であったかに見える―ヴェーベルンは本当にそれを「自然」なものと受け止めていたのか?
ヴェーベルンの心理学的な師への服従のようなモメントを除けたとしたら(実際にはそれは不可能だが)本当にその方法論は、ヴェーベルンにとって自然なのか―
法則に従っている、という保障が存在することの安心感が、その法則が妥当ではないのでは、という反省を妨げるようなことはなかったか?
12音がファシズムだというアナロジーはしばしば批判の的になるが、だが少なくともヴェーベルン個人の態度に限定すれば、そうした嫌疑にはそれなりの正当性が存在するように思えてならない。


VIII

「自然」が浮び上がってくる。

Op.21以降の、とりわけOp.23,25,26最後の2つのカンタータにおける「自然」、ヨーネの詩の位置、宗教的なものカンタータ2のIIにおける鐘(cf. マーラーの第8交響曲の第1部中間部のあの鐘)
「ヴェーベルンにおける素朴に田舎風のもの」―後期におけるブルックナー、そして多分シベリウスへの接近―武満まで伸びている?
だがとりわけ風景上はブルックナーへの接近。セガンティーニ。

ヴェーベルンの自然とは何だったかを考えてみることは必要だろう。
12音技法が全体主義であるというのは本当に言いがかりなのか?
後期のあの自然が、今私の対面している、そしてクセナキスが見ていたあの非情で容赦ない自然と異なるものか、ヴェーベルンは錯覚していたのでは、という疑念。
手にした手段、素材、客観的媒体を「素朴に」「前批判的な仕方で」扱うか?前批判的⇔芸術以前への退行?

主観的な創造行為の対極。
素材に対する恣意を排除しようとする「暴力のない作曲」。
素材との間の距離のなさ―但しヴェーベルンの場合それは「目的」とされ、「意図」されたもの全面的な物象化―だが、カンタータは?特に第2カンタータは?
これは言い過ぎではないか?

ヴェーベルンの「内部」のおける音楽形式の「進化」。
適応度地形とみなした環境としての12音音楽という「制約」。
環境と個体(個別の楽曲)との相互作用。

アルゴリズムとしてのダーウィニズム。
ヴェーベルンの夢見た、ゲーテの原植物と比較せよ。

その後の音楽がそれを「方法」としていわば「物象化」したのに対し、ヴェーベルンは決してそうすることはできなかった。
彼はあまりに素朴で、技量はともかく意識の上では、いわばプロに、職人になり切れなかったがために、そうした方法を自分の「道具」にすることができなかったのではないか?

しかし、禍転じて福となす。それゆえ彼の音楽は価値をとどめることになったのではないか?
いずれにしても、寧ろヴェーベルンの音楽にこそ、漂流しつつある思考を方向付ける灯台の灯のごときものを見出すことができるような気がする。

それは(彼自身がそう思ったような、あるいは後から考えてみて、そう見做したような)道と呼べるものではないかもしれない。
いや、その道は「道なき道」、自分で偶々横切った超空間の軌跡こそが道であるような、そうした歩みだったのではないか?

(2002--2007.6.14)


2007年2月10日土曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):作曲者とともに齢を重ねる...

―フィヒテとリンデの甲斐さんに―

最近、自分のヴェーベルンの聴き方が変わったかな、と比較的はっきりと感じるようになった。ようやくというべきか、中期の歌曲集がしっくり来るようになったのだ。

最初に聴いたのがFM放送でのOp.10で、最初に買ったヴェーベルンのLPレコードがケーゲルの演奏だったから、というのもあるかも知れないが、永らく私にとって、初期(ここではOp.11まで)のヴェーベルンこそ、生理的といっていいほどの親近感をもって聴くことができる対象だった。ケーゲルのLPには後期の作品としては一曲だけ、Op.21の交響曲が入っていてそれなりに聴きもしたし、Op.27の変奏曲、そしてOp.23の歌曲集や眼の光などはそれでも比較的早くから親しんでいたものの、初期の作品の感覚的に訴える力の強さに比べると、相対的には疎遠で、とっつきにくい感覚がどこかにあったように記憶している。

そして何故か、中期の歌曲群は、後期に比べてもなお聴く頻度が更に低かった。後期の作品は、通常の意味で感覚に訴えるものには乏しいけれど、確然とした世界を持っていて、しかもそれが驚くべき純度の高さを持っていることは、私のような聴き手にも感じ取れ、それゆえ、いわばその「清澄な空気」を吸うべく、時々その世界を訪れもしたのだが、中期の作品は、どのように聴いたら良いのかが感覚的にぴんと来なかったのだと思う。

ヴェーベルンの音楽の特徴の一つとして、多くの音楽において表現の対象であったり、描写の対象であったりする「内容」が、その音楽のもっと抽象的な音(と沈黙)の配置や佇まい、作品の構造そのものといった、いわば形式的な面で実現されているように感じられることがあると思う。言ってみれば、風景は描写され、再現されるのではなく、その認識の方が作品に「変換」されることによって、音楽として再構成されるのだ。これは或る種の抽象美術で起きていることと並行しているように感じられる。(もっともこれは何もヴェーベルン「だけに」言えることではない。恐らくそうした傾向を持っている音楽が私の嗜好に合致しているのだろうし、一方で私は(どちらかといえば「性癖」のようなものとして)、様々な音楽を
そのようなものとして聴きとってしまうのだろう。身についた聴き方というのはなかなか変わらない。別の聴取の仕方・態度があることを理解できても、それを実践するのはなかなか困難だし、ましてや簡単に「切り替え」がきくようなものではないだろう。)

そうした観点からヴェーベルンの中期の歌曲群を考えると、そこに刻印されているのは、試行錯誤と彷徨、現実に傷ついた意識の呻吟のようなものではないだろうか?これは些か極端な感じ方かも知れない。だが、少なくともここではアスペクトとして、初期において顕著であった不安や予感よりは、直接的な傷つきやすさ、「世の成り行き」の容赦なさに対する無力感の現実性が勝っているように聴こえるのである。初期には予感され、後期には再び視界から消えてしまったかに見える他性が、ここでは生々しい皮膚感覚として顕れていると言ってもいいかも知れない。詩の選択が宗教的なものに傾斜するのも、その感じを強めている。

そしてまた、ヴェーベルンの中期を「過渡期」と呼ぶと、あたかもその時期の成果を軽視しているかの如き誤解を招来しそうで適切でないのだろうが、私には中期の作品群が目的地がなかなか見えない道程を、止まっては進み、進んでは止まる歩みそのもののように感じられてならない。(それに比べれば、後期では、そこが「道なき道」であったとしても、眺望が開けているように思われる。少なくとも、「道なき道」を歩んでいるのだという認識がそこにはあるようだ。)自分が今どこにいるのかが把握できず、先が見えない状態で、とにかく今、自分に可能な範囲で試行を繰り返すのはとても辛い事だ。進捗は滞りがちになるし、先に進んでいるのか、後退しているのか、同じところをぐるぐるまわっているのかすらわからない。そんな中で、来し方を振り返りつつ、今自分の持っている手持ちの手段を何度も吟味しながら、ややもすると聴こえなくなりがちな自分の深層からの声を確認しながら、方向を確かめる、そういった状況が、その作品に反映されているように思えてならないのである。

ここ1,2年程の間、中期の歌曲群を繰り返し聴いてみて、私に感じ取れたのは、そうした試行錯誤の傷であるような気がする。そしてそれが誤解であるかどうかは別として、その結果として中期の作品がぐっと自分に身近な、親しみの持てるものに感じられるようになったのは確かなことなのである。些か極端ではあるが、初期の作品の若々しい瑞々しさ、大胆さの方は、少し距離をおいて感じるようになってきているように思う。(逆に言えば、かつての私は、それらの作品を「若々しい」とは感じていなかった。単に、無媒介に自分の心に直接届く音楽だったのである。)

個人的には、こうした聴き方の変遷が、ヴェーベルンの場合には自分にとって「年齢相応に」起きていることも些か興味深い。つまり、それぞれの作品について、ヴェーベルンが作曲したのと丁度同じくらいの年齢の私にとって、その音楽が最も親密であるというように変化しているのだ。こうなると手前味噌もいいところかも知れないが、聴いている自分の年齢と同じくらいの年齢の時期に書かれた作品が最も親密に感じられるというのは、実は他の作曲家についてはなかなか起こらないことではある。(大抵はもっと短期的な気分で嗜好が変わるもので、これは作曲の時期とはあまり関係がないし、また、自分の加齢に関係なく、ある時期の作品がしっくり来るということもある。作曲者が短命で既にこうした比較が意味をなさない場合もあるし、その作曲者の作品を網羅的に知っているわけではないので、このような比較ができないことも多い。)それを思うと、(些か自分勝手な)ヴェーベルンへの親近感が一層増すとともに、その一方で更に年齢を重ねた時に、果たして自分にとって、ヴェーベルンの後期の作品がやはり最も親密に感じられるようになるのかどうかが我ながら興味深く思われる。素晴らしい作品であることを認めるに吝かでなく、最近になって少しばかり距離感が縮まったように感じられるものの、しっくりくるとはいかず、未だに私にとって謎めいて不可解な部分が多い後期作品の世界がしっくりくるようになるのだろうか。現在の私が後期作品に対して抱えている両義的でアンビヴァレントな立場がどのように変わるのか、見当もつかないのだが、、、(2007.2.8,9,10)


2005年7月31日日曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):指揮者としてのヴェーベルン

―幻想旅人團 「後の祭」の九鬼蛍さんに―

現在ではヴェーベルンは間違いなく歴史上重要な位置を占める作曲家であろう。だが、ヴェーベルンの場合にはそれは寧ろ死後の名声であった。それでは生前の彼は一体何であったかと言えば、指揮者であった、というのが恐らく妥当なところではないかと思う。

指揮者としてのヴェーベルンに触れることができる資料として、SONYのヴェーベルン全集に収められたシューベルトのドイツ舞曲のヴェーベルン自身による編曲の演奏があった。また、指揮者ヴェーベルンについての証言としてすぐに思い浮かぶのが、アドルノやベルクの賞賛の言葉だろう。それらは決まって彼のマーラー演奏に対するものであるのは興味深い。ヴェーベルンは「マーラー指揮者」だったというのだ。(アドルノはマーラー論の中で、その第8交響曲の演奏―とりわけ第1部の"Accende lumen sensibus"の部分―について述べているし、ベルクは書簡で第3交響曲の演奏を絶賛している。)更には第6交響曲のリハーサル風景の写真も良く知られていて、幾つかの書籍で見ることができる。

だが現時点では、そうした断片的な情報によらずとも、かなりまとまったイメージを
日本語の文献によって知ることができるようになっている。岡部真一郎「ヴェーベルン 西洋音楽史のプリズム」(春秋社2004)は、これまでのところ日本語で書かれた最も包括的なヴェーベルンについての文献(それどころか、書籍の形をとったモノグラフとしては唯一と言ってよい)だろうが、その第8章は「コンポーザー=コンダクターの肖像 指揮者としてのヴェーベルン」と題され、ヴェーベルンの指揮者としてのキャリアについて60頁程を使って紹介がなされている。邦訳の無いモルデンハウアーやベイリーの伝記に拠らずとも、これを読めばヴェーベルンの指揮者としての活動についてかなり具体的なイメージを持つことができる。

彼を職業指揮者と呼ぶかどうかの判断基準は様々だろうし、上記の文献での岡部さんの評価もなかなか厳しいものだが、ヴェーベルンも何を生業とするかを決める時点で、地方の劇場の指揮者になろうと志したわけだし、たとえ挫折の連続だとしても、一応契約をし、職務を果たそうと彼なりに努力したように思える。契約をした、ということはきちんとギャラも貰っていたわけで、指揮者としての活動がなければそもそも彼は家族を養うことはできなかったであろう。

確かにヴェーベルンの指揮者としてのキャリアが本格的なものであったといえるのは、1920年代から1930年代半ばまでの短い期間であったかも知れない。だが、この時期にはエージェントもついて、BBCからも招聘もされており、一応、国際的な活動をしていたと言える。また、自作を指揮するだけの作曲家とは異なって、彼は若い頃はオペレッタも振ったし、本格的な活動時期には、自作や自分の楽派の作品だけでなく、マーラーも振ればミヨーも振るし、古典的なレパートリーもこなすことができる指揮者であったようだ。

私の見たところ、いわゆる中堅どころの指揮者の活動というのはこんなものではないかと思う。(これは今日でも、日本においてもそうだと思われる。一部の花形指揮者を除けば、時折プロのオケと契約するけれど、基本的にはエージェントを介して客演の仕事を見つけ、アマチュアのオーケストラの指揮をもこなす、というのが、「普通の」指揮者ではないか。ということで、ヴェーベルンは「生前は」中堅の職業指揮者であった、というのが私の認識である。(もっともこれは、彼自身の「自己認識」とは全く関係がない。彼は恐らく、指揮者という職業を腰掛け仕事とは思っていなかったろうが、天職と思っていたとは思えない。勿論、彼自身は己を作曲家であると思っていたに違いないのだ。)

そうは言ってもヴェーベルンが例えばマーラーのような「成功した」「花形の」指揮者であったといいたい訳ではない。またヴェーベルンが「作曲もする指揮者」だったと言って良いかと言われれば正直なところためらいは感じないでもない。これまた例を挙げればフルトヴェングラーやクレンペラーのような「大指揮者」に彼はならなかったし、彼自身の自己認識はおくとしても、生前はともかく、死後の作曲家としての評価の方は揺ぎ無いものだから。

でも作曲家としても生前は全く売れなかったから、彼を職業作曲家と呼ぶのは、職業指揮者と呼ぶ以上に無理があるだろう。もし彼が指揮者としてアマチュアなら、作曲家としてもそうだった、ということになってしまうように私には思える。個人的には、彼が職業として(もしかしたら総合的にみてそんなに適性があったとはいえないかも知れない)指揮者の仕事に取り組んだ、その苦衷を知るにつけ、職業人としてはその才能に見合ったほどには成功しなかった彼を気の毒に思う。出世しなかったから職業としていたとはいえない、ということはなかろうから、やはり職業指揮者ヴェーベルンというのを認めてもいいのではないかと思う。

ところで、ヴェーベルンの指揮者としての記録としてはもう一つ、ベルクのヴァイオリン協奏曲の録音が残っていて、現在はCDで聴くことができる。ヴァイオリンは初演者のクラスナー、管弦楽はBBC交響楽団。これは、この曲のイギリス初演の顔ぶれであり、実際1936年5月1日にラジオ放送のためにBBCのスタジオで行われたイギリス初演の演奏の記録なのである。

実は世界初演もまた、クラスナー、ヴェーベルンのコンビでバルセロナで為される筈だったのだが、ヴェーベルンはリハーサルをうまくこなすことができずに、直前になってキャンセルしてしまった。窮地を救って初演を実現したのはヘルマン・シェルヘンだった。イギリス初演については、それまでのBBCへの度重なる客演の積み重ねも貢献したのであろう、無事に果たすことができ、その結果この録音が残されることになったということだ。(このへんの経緯もまた、上掲の岡部さんの著書に詳しい。)

記録の状態は決して良いものではないが、それでもなお、些か極端なまでにありとあらゆる声部が表情づけされ、繊細だが強烈な表出力を持つヴェーベルンの演奏様式を窺い知ることは可能であると思う。そしてそれは、作曲家としてのヴェーベルンが残した作品の持つスタイルに間違いなく見合っていると感じられるのである。音質の制約から、この録音のみで作品を把握するのは困難だとは思うが、ヴェーベルンを知る記録としては大変に貴重なものだと思う。(初稿2005.7。もともと私信として書かれたものを改稿・加筆。)

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):歌詞

梅丘歌曲会館の藤井さんに

ヴェーベルンの作品のうちで歌曲や合唱曲といった声楽曲の割合は実に大きい。単純に曲数を数えてみても実は過半がそうであることがすぐにわかる。それは対象を作品番号つきに限定しようが、出版作品すべてと考えようが、あまりかわることはない。一般には量が質的な重要性を保証するというわけには単純にはいかないにせよ、ヴェーベルンの場合には、その重要性は明らかであろう。更に言えば、作品12を境界に始まり、作品20を棹尾とする中期の作品は、その作品20を除けばすべて歌曲であるということを考えれば、その重要性は動かしがたい。

一方でドイツ語圏以外、特に日本でのヴェーベルンの受容を妨げる要因の一つとして、こうした声楽曲の比重が大きいことがもしからしたらあげられるかも知れない。勿論、ヴェーベルンの場合はそれは最大の要因である筈はなく、割合からいけば取るに足らないものかも知れないが。

同時代のデーメル、アヴェナリウスといった詩人から始まり、ゲオルゲ、リルケ、トラークルといった大詩人の詩への作曲を経て、民謡調の詩や宗教的歌謡が目立つ中期、そしてヨーネの観念的で一般には決して評価の高くない詩に専念する後期までの詩人の選択の変遷は、多分に時代の趣味、所属したサークルの趣味、そしてその後の逼塞といった環境の変化を物語る。私見では、良し悪しをおいてしまえば、中期以降の素朴な宗教的歌謡への傾斜やヨーネの詩への偏愛の方が、ヴェーベルンの嗜好をよく示しているように思われるが、そうした変化よりは寧ろ、不変項にあたるものの方が私にはより一層興味深い。広義での宗教性と自然へのある種の帰依の感情(ただしここでいう自然というのは、ゲーテの原植物を引き合いに出してヴェーベルン自身が論じているような法則性、個人を超越した秩序といった含みを持っている)といった通底する傾向性は、器楽曲と声楽曲とを問わず、ヴェーベルンの作曲の姿勢と重なりあうものに違いないからである。


ヨーネ歌曲集Op.23 / ヨーネ歌曲集Op.25 / 眼の光Op.26 / カンタータ第1番Op.29 / 
カンタータ第2番Op.31 /

(2)作品番号なし
3つの詩(M3/13/12) / 
ゲオルゲ歌曲集
(M143/144/145/146) 
管弦楽伴奏歌曲集(M200/201/184)

※ヒルデガルト・ヨーネの詩については本記事作成当時の2005年時点では著作権存続のため掲載を控えていました。2024年現在では、1963年没のヨーネの著作権保護期間は2018年の著作権法改正前の2013年に、保護期間を死後50年とする1971年の改正法の下で満了していますので、追加を行いました。(2024.5.13追記,16更新)

無伴奏合唱カノンOp.2

Entflieht auf leichten Kähnen (George)

Entflieht auf leichten Kähnen
berauschten Sonnenwelten
daß immer mildre Tränen
euch eure Flucht entgelten.

Seht diesen Taumel blonder
lichtblauer Traumgewalten
und trunkner Wonnen sonder
Verzückung sich entfalten.

Daß nicht der süße Schauer
in neues Leid euch hülle -
es sei die stille Trauer
die diesen Frühling fülle.

ゲオルゲ歌曲集Op.3

Dies ist ein Lied (George)

Dies ist ein Lied
Für dich allein:
Von kindischem Wähnen
Von frommen Tränen...
Durch Morgengärten klingt es
Ein leichtbeschwingtes.
Nur dir allein
Möcht es ein Lied
Das rühre sein.

Im Windesweben(George)

Im Windesweben war meine Frage nur Träumerei.
Nur Lächeln war was du gegeben.
Aus nasser Nacht ein Glanz entfacht -
Nun drängt der Mai,
nun muß ich gar um dein Aug' und Haar
alle Tage in Sehnen leben.

An Baches Ranft (George)

An Baches Ranft
Die einzigen frühen
Die Hasel blühen.
Ein Vogel pfeift
In kühler Au.
Ein Leuchten streift
Erwärmt uns sanft
Und zuckt und bleicht.
Das Feld ist brach,
Der Baum noch grau...
Blumen streut vielleicht
Der Lenz uns nach.

Im Morgentaun (George)

Im Morgentaun trittst du hervor
den Kirschenflor mit mir zu schaun,
Duft einzuziehn des Rasenbeetes.
Fern fliegt der Staub...
Durch die Natur noch nichts gediehn
von Frucht und Laub
Rings Blüte nur - Von Süden weht es.

Kahl reckt der Baum (George)

Kahl reckt der Baum
im Winterdunst
sein frierend Leben.
Laß deinen Traum
auf stiller Reise
vor ihm sich heben!
Er dehnt die Arme -
Bedenk ihn oft
mit dieser Gunst,
daß er im Harme
daß er im Eise
noch Frühling hofft!


ゲオルゲ歌曲集Op.4

Eingang (George)

Welt der Gestalten lang Lebewohl!...
öffne dich Wald voll schlohweißer Stämme!
Oben im Blau nur tragen die Kämme
Laubwerk und Früchte: gold Karneol.

Mitten beginnt beim marmornen Male
langsame Quelle blumige Spiele,
rinnt aus der Wölbung sachte
als fiele Korn um Korn auf silberne Schale

Schauernde Kühle schließt einen Ring,
Dämmer der Frühe wölkt in den Kronen,
ahnendes Schweigen bannt die hier wohnen...
Traumfittich rausche!
Traumharfe kling!

Noch zwingt mich treue (George)

Noch zwingt mich treue über dich zu wachen
Und deines Duldens Schönheit daß ich weile,
Mein heilig Streben ist mich traurig machen
Damit ich wahrer deine Trauer teile.

Nie wird ein warmer Anruf mich empfangen,
Bis in die späten Stunden unsres Bundes
Muß ich erkennen mit ergebnem Bangen
Das herbe Schicksal winterlichen Fundes.

Ja Heil und Dank dir die den Segen brachte! (George)

Ja Heil und Dank dir die den Segen brachte!
Du schläfertest das immer laute Pochen mit der
Erwartung deiner Teure
sachte in diesen glanzerfüllten Sterbewochen.

Du kamest und wir halten uns umschlungen,
Ich werde sanfte Worte für dich lernen
und ganz als glichest du der Einen Fernen
dich loben auf den Sonnenwanderungen.

So ich traurig bin (George)

So ich traurig bin
Weiß ich nur ein Ding:
Ich denke mich bei dir
Und singe dir ein Lied.
Fast vernehme ich dann
Deiner Stimme Klang.
Ferne singt sie nach
Und minder wird mein Gram.

Ihr tratet zu dem Herde (George)

Ihr tratet zu dem Herde
wo alle Glut verstarb,
Licht war nur an der Erde
vom Monde leichenfarb.
Ihr tauchet in die Aschen
die bleichen Finger ein
mit Suchen Tasten Haschen
wird es noch einmal Schein!

Seht was mit Trostgebärde
der Mond euch rät:
tretet weg vom Herde,
es ist worden spät.


リルケ歌曲集Op.8

Du, der ichs nicht sage (Rilke)

Du, der ichs nicht sage, daß ich bei Nacht
weinend liege,
deren Wesen mich müde macht
wie eine Wiege.
Du, die mir nicht sagt, wenn sie wacht
Meinetwillen:
wie, wenn wir diese Pracht
ohne zu stillen
in uns ertrügen?
Sieh dir die Liebenden an,
wenn erst das Bekennen begann,
wie bald sie lügen.

Du machst mich allein (Rilke)

Du machst mich allein. Dich einzig kann ich vertauschen.
Eine Weile bist du's, dann wieder ist es das Rauschen,
oder es ist ein Duft ohne Rest.
Ach, in den Armen hab ich sie alle verloren,
du nur, du wirst immer wieder geboren:
weil ich niemals dich anhielt, halt ich dich fest.


歌曲集Op.12

Der Tag ist vergangen

Der Tag ist vergangen,
Die Nacht ist schon hier;
Gute Nacht, o Maria,
Bleib ewig bei mir.

Der Tag ist vergangen,
Die Nacht kommt herzu;
Gib auch den Verstorbnen
Die ewige Ruh.

Die geheimnisvolle Flote (Bethge)

An einem Abend, da die Blumen dufteten
Und alle Blatter an den Baumen, trug der Wind mir
Das Lied einer entfernten Flote zu. Da schnitt
Ich einen Weidenzweig vom Strauche, und
Mein Lied flog, Antwort gebend, durch die bluhende Nacht.
Seit jenem Abend horen, wann die Erde schlaft,
Die Vogel ein Gesprach in ihrer Sprache.

Schien mir's, als ich sah die Sonne (Strindberg)

Schien mir's, als ich sah die Sonne,
das ich schaute den Verborgnen:
jeder Mensch geniest die Werke,
selig, der das Gute ubet.
Fur die Zornestat, die du verubtest,
buse nicht mit Bosheit;
troste den, den du betrubtest,
gutig, und es wird dir frommen.
Der nur furchtet, der sich hat vergangen:
gut ist schuldlos leben.

Gleich und gleich (Goethe)

Ein Blumenglockchen vom Boden hervor
War fruh gesprosset in lieblichem Flor;
Da kam ein Bienchen und naschte fein:
Die mussen wohl beide fur einander sein.


歌曲集Op.13

Wiese im Park (Kraus)

Wie wird mir zeitlos.
Rückwarts hingebannt weil' ich

und stehe fest im Wiesenplan,
in dem grünen Spiegel hier der Schwan.
Und dieses war mein Land

Die vielen Glockenblumen!
Horch und schau!

Wie lange steht er schon auf diesem Stein,
der Admiral.
Es muß ein Sonntag sein
und alles läutet blau.

Nicht weiter will ich.
Eitler Fuß, mach Halt!
Vor diesem Wunder ende deinen Lauf.
Ein toter Tag schlägt seine Augen auf.
und alles bleibt so alt.

Die Einsame (Bethge)

An dunkelblauem Himmel steht der Mond.
Ich habe meine Lampe ausgelöscht,
schwer von Gedanken ist mein einsam Herz.
Ich weine, weine;
meine armen Tränen rinnen so heiß und bitter von den Wangen,
weil du so fern bist meiner großen Sehnsucht,
weil du es nie begreifen wirst,
wie weh mir ist, wenn ich nicht bei dir bin.

In der Fremde (Bethge)

In fremdem Lande lag ich.
Weißen Glanz malte der Mond
vor meine Lagerstätte.

Ich hob das Haupt, ich meinte erst,
es sei der Reif der Frühe,
was ich schimmern sah,
dann aber wußte ich:
der Mond, der Mond,
und neigte das Gesicht zur Erde hin.
Und meine Heimat winkte mir von fern.

Ein Winterabend (Trakl)

Wenn der Schnee ans Fenster fällt,
lang die Abendglocke läutet.
Vielen ist der Tisch bereitet
und das Haus ist wohl bestellt.

Mancher auf der Wanderschaft
kommt ans Tor auf dunklen Pfaden.
golden blüht der Baum der Gnaden
aus der Erde kühlem Saft.

Wanderer tritt still herein;
Schmerz versteinerte die Schwelle.
Da erglänzt in reiner Helle
auf dem Tische Brot und Wein.


トラークル歌曲集Op.14

Die Sonne (Trakl)

Täglich kommt die gelbe Sonne über den Hügel.
Schön ist der Wald, das dunkle Tier,
Der Mensch; Jäger oder Hirt.

Rötlich steigt im grünen Weiher der Fisch.
Unter dem runden Himmel
Fährt der Fischer leise im blauen Kahn.

Langsam reift die Traube, das Korn.
Wenn sich stille der Tag neigt,
Ist ein Gutes und Böses bereitet.

Wenn es Nacht wird,
Hebt der Wanderer leise die schweren Lider;
Sonne aus finsterer Schlucht bricht.

Abendland I (Trakl)

Mond, als träte ein Totes
Aus blauer Höhle,
Und es fallen der Blüten
Viele über den Felsenpfad.
Silbern weint ein Krankes
Am Abendweiher,
Auf schwarzem Kahn
Hinüberstarben Liebende.

Oder es läuten die Schritte
Elis' durch den Hain
Den Hyazinthenen
Wieder verhallend unter Eichen.
O des Knaben Gestalt
Geformt aus kristallenen Tränen,
Nächtigen Schatten.
Zackige Blitze erhellen die Schläfe
Die immerkühle,
Wenn am grünenden Hügel
Frülingsgewitter ertönt.

Abendland II (Trakl)

So leise sind die grünen Wälder
Unsrer Heimat,
Die kristallne Woge
Hinsterbend an verfallner Mauer
Und wir haben im Schlaf geweint;
Wandern mit zögernden Schritten
An der dornigen Hecke hin
Singende im Abendsommer,
In heiliger Ruh
Des fern verstrahlenden Weinbergs;
Schatten nun im kühlen Schoß
Der Nacht, trauernde Adler.
So leise schließt ein mondener Strahl
Die purpurnen Male der Schwermut.

Abendland III (Trakl)

Ihr großen Städte
Steinern aufgebaut
In der Ebene!
So sprachlos folgt
Der Heimatlose
Mit dunkler Stirne dem Wind,
Kahlen Bäumen am Hügel.
Ihr weithin dämmernden Ströme!
Gewaltig angstet
Schaurige Abendröte
Im Sturmgewölk.
Ihr sterbenden Völker!
Bleiche Woge
Zerschellend am Strande der Nacht,
Fallende Sterne.

Nachts (Trakl)

Die Bläue meiner Augen ist erloschen in dieser Nacht,
Das rote Gold meines Herzens. O! wie stille brannte das Licht.
Dein blauer Mantel umfing den Sinkenden;
Dein roter Mund besiegelte des Freundes Umnachtung.

Gesang einer gefangenen Amsel (Trakl)

Dunkler Odem in grünen Gezweig.
Blaue Blümchen umschweben das Antlitz
Des Einsamen, den goldenen Schritt
Ersterbend unter dem Ölbaum.
Aufflattert mit trunknem Flügel die Nacht.
So leise blutet Demut,
Tau, der langsam tropft vom blühenden Dorn.
Strahlender Arme Erbarmen.
Umfängt ein brechendes Herz.


宗教歌集Op.15

Das Kreuz, das must' er tragen

Das Kreuz, das mußt' er tragen
bis an die selbige Statt,
wo er gemartert ward.
Maria, die stund auch dabei
und weint' ganz bitterlich
um ihren Jesu Christ.
'O Mutter, laß das Weinen!
Die Martern, die sind klein,
das Himmelreich ist mein.'

Steht auf, ihr lieben Kinderlein (Morgenlied)

Steht auf, ihr lieben Kinderlein,
Der Morgenstern mit hellem Schein
Läßt sich sehn frei gleich wie ein Held
Und leuchtet in die ganze Welt.

Sei willkommen, du lieber Tag,
Vor dir die Nacht nicht bleiben mag,
Leucht uns in unsre Herzen fein
Mit deinem himmelischen Schein.

In Gottes Namen aufstehn

In Gottes Namen aufstehn,
gegen Gott gehen,
gegen Gott treten,
zum himmlischen Vater beten,
daß er uns verleih'
lieb' Englein drei:
der erste, der uns weist,
der zweite, der uns speist,
der dritt', der uns behüt' und bewahrt,
daß uns an Leib und Seel'
nichts widerfahrt.

Mein Weg geht jetzt voruber

Mein Weg geht jetzt vorüber,
O Welt, was acht' ich dein;
der Himmel ist mir lieber
da muß ich fahren ein.

Mich nicht zu sehr beladen,
weil ich wegfertig bin,
in Gottes Fried' und Gnaden
fahr' ich mit Freud' dahin.

Fahr hin, o Seel', zu deinem Gott

Fahr hin, o Seel', zu deinem Gott,
der dich aus nichts gestaltet,
der dich erlöst durch seinen Tod,
den Himmel offen haltet.

Fahr hin zu dem, der in der Tauf
die Unschuld dir gegeben,
Er nehme dich barmherzig auf
in jenes bess're Leben.


カノン集Op.16

Christus factus est pro nobis

Christus factus est pro nobis
obediens usque ad mortem,
mortem autem crucis.
Propter quod et Deus exaltavit illum:
et dedit illi nomen
quod est super omne nomen.

Dormi Jesu, mater ridet

Dormi Jesu, mater ridet,
Quae tam dulcem somnum videt,
Dormi Jesu blandule.
Si non dormis, mater plorat,
Inter fila cantans orat:
Blande veni somnule.

Crux fidelis, inter omnes arbor una nobilis

Crux fidelis, inter omnes arbor una nobilis:
nulla silva talem profert,
fronde, flore, germine.
Dulce lignum, dulces clavos, dulce pondus sustinet.

Asperges me, Domine, hyssopo, et mundabor

Asperges me, Domine, hyssopo, et mundabor:
lavabis me, et super nivem dealbador.
Miserere mei, Deus,
secundum magnam misericordiam tuam.

Crucem tuam adoramus, Domine

Crucem tuam adoramus, Domine:
et sanctam resurrectionem tuam laudamus
et glorificamus: ecce enim propter lignum
venit gaudium in universo mundo.


民謡集Op.17

Armer Sünder, du

Armer Sünder, du,
Die Erde ist dein Schuh;
Mark und Blut,
Der Himmel ist dein Hut.
Fleisch und Bein
Sollen von dir gesegnet sein,
Du heilige Dreifaltigkeit
Von nun an bis in Ewigkeit!

Liebste Jungfrau, wir sind dein

Liebste Jungfrau, wir sind dein,
Zeig dich, Mutter stets zu sein,
Schreib uns alle deinem Herzen
Unauslöschlich ein.
Groß ist unsrer Feinde Zahl
Hier in diesem Tränental;
Rette, Mutter, deine Kinder
Vor dem Sündenfall.

Heiland, unsre Missetaten

Heiland, unsre Missetaten
Haben dich verkauft, verraten,
Dich gegeißelt, dich gekrönt,
An dem Kreuze dich verhöhnt.

Laß dein Leiden und Beschwerden,
Jesus, uns zu Nutzen werden,
Laß durch deine Todespein,
Herr, uns nicht verloren sein!


歌曲集Op.18

Schatzerl klein

Schatzerl klein,
Mußt nit traurig sein,
Eh das Jahr vergeht,
Bist du mein.
Eh das Jahr vergeht,
Grünt das Rosmarin,
Sagt der Pfarrer laut:
Nehmt's euch hin.
Grunt der Rosmarin,
Grünt der Myrtenstrauß
Und der Nagerlstock
Blüht im Haus.

Erlosung

Marie:
Mein Kind, sieh an die Brüste mein,
Kein'n Sünder laß verloren sein.

Christus:
Mutter, sieh an die Wunden,
Die ich für dein Sünd trag alle Stunden.
Vater, laß dir die Wunden mein
Ein Opfer für die Sünde sein.

Vater:
Sohn, lieber Sohn mein,
Alles, was du begehrst, das soll sein.

Ave, Regina

Ave, Regina coelorum,
Ave, Domina Angelorum:
Salve radix, salve porta,
Ex qua mundo lux est orta:
Gaude, Virgo gloriosa,
Super omnes speciosa!
Vale, o valde decora,
Et pro nobis Christum exora.


合唱曲集Op.19

Weiß wie Lilien, reine Kerzen (Goethe)

Weiß wie Lilien, reine Kerzen,
Sternen gleich, bescheidner Beugung,
Leuchtet aus dem Mittelherzen,
Rot gesäumt, die Glut der Neigung.

So frühzeitige Narzissen
Blühen reihenweis im Garten.
Mögen wohl die Guten wissen,
Wen sie so spaliert erwarten.

Ziehn die Schafe von der Wiese (Goethe)

Ziehn die Schafe von der Wiese,
Liegt sie da, ein reines Grün,
Aber bald zum Paradiese
Wird sie bunt geblümt; erblühn.

Hoffnung breitet lichte Schleier
Nebelhaft vor unsern Blick:
Wunscherfüllung, Sonnenfeier,
Wolkenteilung bring uns Glück.


ヨーネ歌曲集Op.23

Das dunkle Herz (Jone)

Das dunkle Herz, das in sich lauscht,
erschaut den Frühling nicht nur am Hauch und Duft,
der durch das Leuchten blüht;
es fühlt ihn an dem dunklen Wurzelreich,
das an die Toten rührt:
Was wird, legt sich mit zarten Wurzeln
an das Wartende im Dunkel,
trinkt Kraft und Stille aus der Nacht,
eh' sich's dem Tage senkt,
eh' es als Liebeskelch zum Himmel duftet
und eh' aus ihm zu ihm ein goldnes Flattern Leben trägt:

Ich bin nicht mein.
Die Quellen meiner Seele,
sie sprudeln in die Wiesen dessen, der mich liebt,
und machen seine Blumen blühen
und sind sein.
Du bist nicht dein.
Die Flüße deiner Seele,
du Mensch, von mir geliebt,
sie strömen in das Meine,
daß es nicht verdorre.
Wir sind nicht unser,
ich und du und Alle.

Es stürzt aus Höhen Frische (Jone)

Es stürzt aus Höhen Frische, die uns leben macht:
das Herzblut ist die Feuchte uns geliehen,
die Träne ist die Kühle uns gegeben:
sie fließt zum Strom der Gnade wunderbar zurück.
Ach, ich darf sein, wo auch die Sonne ist!
Sie liebt mich ohne Grund,
ich lieb sie ohne Ende.
Wenn wir einander Abend, Abschied scheinen,
den Himmel und die Seele überglüht noch lange Glut.




Herr Jesus mein (Jone)

Herr Jesus mein,
Du trittst mit jedem morgen ins Haus,
in dem die Herzen schlagen,
und legst auf jedes Leid die Gnadenhand.

Der Frühling saget mir mit allen Vögeln,
wie viel's zum Freuen gibt.
Es ist so vieles, es ist alles da,
nur keine Wände zwischen uns und Gott.

Er rührt uns an mit jedem Wind und Zweige
und neigt sich sanft noch mit den Wiesenblumen
um unsern Schritt das zwingt uns in die Knie.

Und morgen, Atmende, ist wieder Sonne.
Und, ewig Schlafende, auch euch erwartet Tag.

Wie bin ich froh! (Jone)

Wie bin ich froh!
noch einmal wird mir alles grün und leuchtet so!
noch überblühn die Blumen mir die Welt!
noch einmal bin ich ganz ins Werden hingestellt
und bin auf Erden.



Des Herzens Purpurvogel (Jone)

Des Herzens Purpurvogel fliegt durch die Nacht.
Der Augen Falter, die im Hellen gaukeln,
sind ihm voraus, wenn sie im Tage schaukeln.
Und doch ist er's, der sie ans Ziel gebracht.
Sie ruhen oft,
die bald sich neu erheben zu neuem Flug.
Doch rastet endlich er am Ast des Todes,
müd' und flügelschwer,
dann müssen sie zum letzten Blick verbeben.

Sterne, Ihr silbernen Bienen (Jone)

Sterne, Ihr silbernen Bienen
der Nacht um die Blume der Liebe!
Wahrlich der Honig aus ihr
hängt schimmernd an Euch.
Lasset ihn tropfen ins Herz,
in die goldene Wabe,
füllet sie an bis zum Rand.
Ach schon tropfet sie über,
selig und bis ans Ende mit
ewiger Süße durchtränkt.



Das Augenlicht (Jone)
 
Durch unsre offnen Augen fließt das Licht ins Herz
und strömt als Freude sanft zurück aus ihnen.
Im Liebesblick quillt mehr herauf als je herabgedrungen.
Was ist geschehen, wenn das Auge strahlt?
Sehr Wunderbares muß es uns verraten:
Daß eines Menschen Innerstes zum Himmel ward
mit soviel Sternen als die Nacht erhellen,
mit einer Sonne, die den Tag erweckt.
O Meer des Blickes mit der Tränenbrandung.
Die Tropfen, welche sie versprüht auf Wimpernhalme,
vom Herzen und der Sonne werden sie beschienen.
Wenn sich die Nacht der Lider über deine Tiefen
still niedersenkt, dann spülen deine Wasser
an die des Todes: deiner Tiefen Schätze,
die tagerworbnen, nimmt er sacht mit sich.
Jedoch aus seinen unergründlich dunklen Tiefen,
wenn mit den Lidern sich der Tag erhebt,
ist manches seiner Wunder in den Blick, den neuen,
heraufgeschwommen, und es macht ihn gut.

 




Tönen die seligen Saiten Apolls (Jone)
 
Chor:
Tönen die seligen Saiten Apolls,
wer nennt sie Chariten?
Spielt er sein Lied durch den wachsenden Abend,
wer denket Apollon?
Sind doch im Klange die früheren Namen
alle verklungen;
sind doch im Worte die schwächeren Worte
lange gestorben;
und auch die blasseren Bilder
zum Siegel des Spektrums geschmolzen.

Sopran:
Charis, die Gabe des Höchsten:
die Anmut der Gnade erglänzet!

Chor:
Schenkt sich im Dunkel

Sopran:
dem werdenden Herzen

Chor:
als Tau

Sopran:
der Vollendung.



Schweigt auch die Welt (Jone)

Baß:
Schweigt auch die Welt,
aus Farben ist sie immer,
so lang die Sonne scheint.
Die Nachtigall,
wenn nachts kein Farbenschimmer mehr leuchtet,
Freude weint.
Dann klingt es auf,
wenn nichts das Aug mehr bindet,
dann flutet Glanz ins Ohr:
Wenn das beweglich Farbige verschwindet,
tritt das Bewegende im Klang hervor.



Schöpfen aus Brunnen des Himmels nach (Jone)

Baß:
Sehr tief verhalten innerst Leben singt im Bienenkorb in stiller Mitternacht,
weil es in ihm noch immer Kunde bringt,
daß Fleiß aus bunter Vielheit Süße macht.
Der Bienenkorb,
das weiße Sternenzelt,
ist dicht durchtropft vom süßen Schöpfungslicht.
Es kreist darin ein jedes Bienlein Welt,
bevor der Schwarm in ewige Frühe bricht.
Das Herz,
der kleinste Bienenkorb,
umgibt die andern alle.
Seinen Honig klärt der eine Imker,
der die Süße liebt der reinen Liebe,
die er voll gewährt.




 

Schöpfen aus Brunnen des Himmels nach (Jone)

Chor:
Schöpfen aus Brunnen des Himmels nach
Wassern des Worts ist das Läuten,
wenn so die menschliche Hand zieht an den Krügen des Klangs.

Sopran:
Alle Glocken, die Herzen,
wollen wir läuten, o Menschen!
Nimmer durch Räume der Zeit,
nimmer verstumme ihr Schlag!

Chor und Sopran:
Sturmläuten muß man die Liebe!

Chor:
Sie komme nicht träge und müde:

Sopran:
Nein, sie bewege die Luft,
rühre an innersten Schlaf.

Chor:
Komme durch dichtestes Dunkel
und lege die Toten zur Ruhe,

Sopran und Chor
wache,

Chor:
wo Leben noch glimmt,
daß sie es wecke zu sich.

Leichteste Bürden der Bäume (Jone)

Sopran:
Leichteste Bürden der Bäume
trag ich durch die Räume: die Düfte.
Bring dir der Linde Gestalt,
fernher, aus leisestem Hauch.




Freundselig ist das Wort (Jone)

Chor:
Freundselig ist das Wort,

Sopran:
das uns um unsre Liebe zu sich fragt,

Chor:
fürchte dich nicht,

Sopran:
ich bin es





3つの詩(M3/13/12)

Vorfrühling (Avenarius)

Leise tritt auf...
Nicht mehr in tiefem Schlaf,
in leichtem Schlummer nur
Liegt das Land:
Und der Amsel Frühruf
Spielt schon liebliche
Morgenbilder ihm in den Traum.

Leise tritt auf...

Nachtgebet der Braut (Dehmel)


O mein Geliebter - in die Kissen
bet ich nach dir, ins Firmament!
O könnt ich sagen, dürft er wissen,
wie meine Einsamkeit mich brennt!

O Welt, wann darf ich ihn umschlingen!
O laß ihn mir im Traume nahn,
mich wie die Erde um ihn schwingen
und seinen Sonnenkuß empfahn

und seine Flammenkräfte trinken,
ihm Flammen, Flammen wiedersprühn,
o Welt, bis wir zusammensinken
in überirdischem Erglühn!

O Welt des Lichtes, Welt der Wonne!
O Nacht der Sehnsucht, Welt der Qual!
O Traum der Erde: Sonne, Sonne!
O mein Geliebter - mein Gemahl -

Fromm (Falke)

Der Mond scheint auf mein Lager,
Ich schlafe nicht,
Meine gefalteten Hände ruhen
In seinem Licht.

Meine Seele ist still, sie kehrte
Von Gott zurück,
Und mein Herz hat nur einen Gedanken:
Dich und mein Glück.


8つの初期歌曲(M7/15/21/62/16/64/19/18)

Tief von fern (Dehmel)

Aus des Abends weißen Wogen
taucht ein Stern;
tief von fern
kommt der junge Mond gezogen.

Tief von fern,
aus des Morgens grauen Wogen,
langt der große [blasse] Bogen
nach dem Stern.

Aufblick (Dehmel)

Über unsrer Liebe hangt
eine tiefe Trauerweide.
Nacht und Schatten um uns beide.
Unsre Stirnen sind gesenkt.

Wortlos sitzen wir im Dunkeln.
Einstmals rauschte hier ein Strom,
einstmals sahn wir Sterne funkeln.
Ist denn Alles tot und trübe?
Horch -: ein ferner Mund -: vom Dom -:
Glockenchöre... Nacht und Liebe...

Blumengruß (Goethe)

Der Strauß, den ich gepflücket,
Grüße dich vieltausendmal!
Ich habe mich oft gebücket,
Ach, wohl eintausendmal,
Und ihn ans Herz gedrücket
vielhunderttausendmal!

Bild der Liebe (Greif)

Vom Wald umgeben
Ein Blütenbaum -
So lacht ins Leben
Der Liebe Traum,
Ihm nah verbunden
Und fern zugleich,
Bis er entschwunden
Dem Zauberreich.

Sommerabend (Weigand)

Du Sommerabend! Heilig, goldnes Licht!
In sanftem Glühen steht die Flur entzündet.
Kein Laut, der dieses Friedens Lauschen bricht,
in ein Gefühl ist alles hingemündet.
Auch meine Seele sehnt sich nach der Nacht
und nach des Dunkels taugeperltem Steigen
und will nur lauschen, wie in Rosenpracht
die dunklen Himmelsstunden leuchtend schweigen.

Heiter (Nietzsche)

Mein Herz ist wie ein See so weit,
Drin lacht dein Antlitz sonnenlicht
In tiefer süßer Einsamkeit,
Wo leise Well an Well sich bricht.

Ist's Nacht, ist's Tag?
Ich weiß es nicht,
Lacht doch auf mich so lieb und lind
Dein sonnenlichtes Angesicht
Und selig bin ich wie ein Kind.

Der Tod (Claudius)

Ach, es ist so dunkel in des Todes Kammer,
Tönt so traurig, wenn er sich bewegt
Und nun aufhebt seinen schweren Hammer
Und die Stunde schlägt.

Heimgang in der Fruhe (von Liliencron)

In der Dämmerung,
Um Glock' zwei, Glock' dreie,
Trat ich aus der Tür
In die Morgenweihe.

Klanglos liegt der Weg,
Und die Bäume schweigen,
Und das Vogellied
Schläft noch in den Zweigen.

Hör ich hinter mir
Sacht ein Fenster schließen?
Will mein strömend Herz
Übers Ufer fließen?

Sieht mein Sehnen nur
Blond und blaue Farben?
Himmelsrot und Grün
Samt den andern starben.

Ihrer Augen Blau
Küßt die Wölkchenherde,
Und ihr blondes Haar
Deckt die ganze Erde.

Was die Nacht mir gab,
Wird mich lang durchbeben;
Meine Arme weit
Fangen Lust und Leben.

Eine Drossel weckt
Plötzlich aus den Bäumen,
Und der Tag erwacht
Still aus Liebesträumen.


アヴェナリウス歌曲集(M60/20/59)

Gefunden (Avenarius)

Nun wir uns lieben, rauscht mein stolzes Glück
Hoch ob der Welt,
Was kann uns treffen, wenn uns das Geschick
Beisammen hält?
Und wenn hinab in seine Nacht das Meer
die Erde reißt,
Die Liebe schwebt über den Sternen her
Als Schöpfergeist.

Gebet (Avenarius)

Ertrage du's, laß schneiden dir den Schmerz
scharf durchs Gehirn und wühlen hart durchs Herz -
das ist der Pflug, nach dem der Sämann sät,
daß aus der Erde Wunden Korn entsteht.

Korn, das der armen Seele Hunger stillt -
mit Korn, o Vater, segne mein Gefild:
Reiß deinen Pflug erbarmungslos den Pfad,
doch wirf auch ein in seine Furchen Saat!

Freunde (Avenarius)

Schmerzen und Freuden
reift jede Stunde
zu Goldenen Ernten,
und zwischen den Ähren lächelt auf
aus Blumen die Schönheit
Aber den Herzeneinzusammeln
daß voller stets beflüge sich ihr Schlag,
Freunde, eint eure Kraft mit uns:
aus dem Irdischen
sammelnd das Göttliche,
daß wir das Leben
ernten!


デーメル歌曲集(M83/130/131/119/132)

Ideale Landschaft (Dehmel)

Du hattest einen Glanz auf deiner Stirn,
und eine hohe Abendklarheit war,
und sahst nur immer weg von mir,
ins Licht -
und fern verscholl das Echo meines Aufschreis.

Am Ufer (Dehmel)

Die Welt verstummt, dein Blut erklingt;
in seinen hellen Abgrund sinkt
der ferne Tag,
er schaudert nicht; die Glut umschlingt
das höchste Land, im Meere ringt
die ferne Nacht.
Sie zaudert nicht; der Flut entspringt
ein Sternchen, deine Seele trinkt
das ewige Licht.

Himmelfahrt (Dehmel)

Schwebst du nieder aus den Weiten,
Nacht mit deinem Silberkranz?
Hebt in deine Ewigkeiten
mich des Dunkels milder Glanz?

Als ob Augen liebend winken:
alle Liebe sei enthüllt!
als ob Arme sehnend sinken:
alle Sehnsucht sei erfüllt -

strahlt ein Stern mir aus den Weiten,
alle Ängste fallen ab,
seligste Versunkenheiten,
strahlt und strahlt und will herab.

Und es treiben mich Gewalten
ihm entgegen, und er sinkt -
und ein Quellen, ein Entfalten
seines Scheins nimmt und bringt

und erlöst mich in die Zeiten,
da noch keine Menschen sahn,
wie durch Nächte Sterne gleiten,
wie den Seelen Rätsel nahn.

Nächtliche Scheu (Dehmel)

Zaghaft vom Gewölk ins Land
fließt des Lichtes Flut
aus des Mondes bleicher Hand,
dämpft mir alle Glut.

Ein verirrter Schimmer schwebt
durch den Wald zum Fluß,
und das dunkle Wasser bebt
unter seinem Kuß.

Hörst du, Herz? Die Welle lallt:
küsse, küsse mich!
Und mit zaghafter Gewalt,
Mädchen, küsse ich dich.

Helle Nacht (Dehmel)

Weich küßt die Zweige
der weiße Mond.
Ein Flüstern wohnt
im Laub, als neige,
als schweige sich der Hain zur Ruh:
Geliebte du -

Der Weiher ruht, und
die Weide schimmert.
Ihr Schatten flimmert
in seiner Flut, und
der Wind weint in den Bäumen:
wir träumen; - träumen -

Die Weiten leuchten
Beruhigung.
Die Niederung
hebt bleich den feuchten
Schleier hin zum Himmelssaum:
o hin - o Traum - -


ゲオルゲ歌曲集(M143/144/145/146)

Erwachen aus dem tiefsten traumes-schooße (George)

Erwachen aus dem tiefsten traumes-schooße:
Als ich von langer spiegelung betroffen
Mich neigte auf die lippen die erblichen

- Ertragen sollet ihr nur mitleidgroße!
Seid nur aus dank den euch geweihten offen -
Und die berührten dann in solchen gluten

Die antwort gaben wider höchstes hoffen
Daß dem noch zweifelnden die sinne wichen
O rinnen der glückseligen minuten!

Kunfttag I (George)

Dem bist du kind, dem freund.
Ich seh in dir den Gott
Den schauernd ich erkannt
Dem meine andacht gilt.

Du kamst am lezten tag
Da ich von harren siech
Da ich des betens mud
Mich in die nacht verlor:

Du an dem strahl mir kund
Der durch mein dunkel floß,
Am tritte der die saat
Sogleich erblühen ließ.

Trauer I (George)

So wart bis ich dies dir noch künde:
Daß ich dich erbete - begehre.
Der tag ohne dich ist die sünde,
Der tod um dich ist die ehre.

Wenn einen die Finstren erlasen:
So schreit ICH die traurige stufe.
Die nacht wirft mich hin auf den rasen.
Gib antwort dem fliehenden rufe

Laß mich in die himmel entschweben!
Du heb dich vom grund als gesunder!
Bezeuge und BLOCKQUOTEise mein wunder
Und harre noch unten im leben!

Das lockere saatgefilde lechzet krank (George)

Das lockere saatgefilde lechzet krank
Da es nach hartem froste schon die lauern
Lenzlichter fühlte und der pflüge zähne
Und vor dem stoß der vorjahr-stürme keuchte:
Sei mir nun fruchtend bad und linder trank
Von deiner nackten brust das blumige schauern
Das duften deiner leichtgewirrten strähne
Dein hauch dein weinen deines mundes feuchte.


管弦楽伴奏歌曲集(M200/201/184)

Leise Düfte (Webern)

Leise Düfte, Blüten so zart
Träumend erschließt sich die Frau,
Mondesgluten, Küsse der Nacht
Weinend mein Glück ich schau.

Kunfttag III (George)

Nun wird es wieder lenz ..
Du weihst den weg die luft
Und uns auf die du schaust -
So stammle dir mein dank.

Eh blöd der menschen sinn
Ihm ansann wort und tat
Hat schon des schöpfers hauch
Jed ding im raum beseelt.

Wenn solch ein auge glüht
Gedeiht der trockne stamm
Die starre erde pocht
Neu durch ein heilig herz.

O sanftes Gluhn der Berge (Webern)

O sanftes Glühn der Berge
Jetzt sehe ich Sie wieder.
O Gott so zart und schön,
Gnadenmutter, in Himmelshöhn.
O neige Dich, o komme wieder
Du grüßt und segnest - -
Der Hauch des Abends nimmt das Licht -
Ich seh's nicht mehr, Dein liebes Angesicht.

 (2005.7作成)

2005年6月30日木曜日

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):参考文献・参考録音

  • 竹内豊治・編訳「アントン・ウェーベルン その音楽を享受するために」(1974, 新装増補版1986)法政大学出版局
  • クロード・ロスタン(店村新次訳)「ヴェーベルン」(1975)音楽之友社
  • 作曲家別名曲解説ライブラリー16「新ウィーン楽派」(1994)(音楽之友社)、掲載曲:op.21,1,6,10,30,24, Im Sommerwind(M.63), 5,9,28,22,20,7,11,27, Streichquartet(M79), 29,31, バッハ/リチェルカーレの管弦楽編曲
  • クリスティアン・M・ネベハイ(白石隆生・敬子訳)「ウィーン音楽地図」(1984) (音楽之友社1987)。「II.ロマン派・近代」にヴェーベルンの章が含まれる。
  • テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノ(渡辺健訳)「新音楽の哲学」(1949)(音楽之友社1973)
  • ジョージ・アレン・スミス(山本直広訳)「新ウィーン楽派の人々」(1986)(音楽之友社1995)
  • 岡部真一郎「ヴェーベルン 西洋音楽史のプリズム」(2004)春秋社
  • Die Reihe 2 : Anton Webern, Theodor Presser, 1958
  • Moldenhauer, Hans. The Death of Anton Webern : A Drama in Documents, Philosophical Library, 1961
  • Moldenhauer, Hans (compiler), Irvine, Delmar (editor). Anton von Webern : Perspectives, University of Washington Press, 1966
  • Wildgans, Friedrich. Anton Webern, translated by Edith Temple Roberts and Humphrey Searle, Calder and Boyars, 1966
  • Kolneder, Walter. Anton Webern , Einführung in Werk und Stil, P. J. Tonger, 1961, English translation : Anton Webern, An Introduction to His Works, translated by Humphrey Searle, University of California Press, 1968
  • Rostand, Claude. Anton Webern : L'homme et son oeuvre, Seghers, 1969
  • Krellmann, Hanspeter. Anton Webern, Rowohlt, 1975
  • Moldenhauer, Hans and Rosaleen Moldenhauer. Anton von Webern : a Chronicle of his Life and Work, Alfred A. Knopf, 1979; originally published by Victor Gollanz, 1978
  • Rexroth, Dieter (hrsg.) Opus Anton Webern, Quadriga, 1983
  • Hilmar, Ernst (hrsg.) Anton Webern 1883--1983, Eine Festschrift zum hundertsten Geburtstag, Universal Edition, 1983
  • Musik-Konzepte Sonderband : Anton Webern I, edition text + kritik, 1983
  • Musik-Konzepte Sonderband : Anton Webern II, edition text + kritik, 1984
  • Bailey, Kathryn. The life of Webern, Cambridge University Press, 1998
  • Johnson, Julian. Webern and the transformation of nature, Cambridge University Press, 1999
  • Krauss, Andreas. Anton Webern und seine Zeit, Laaber, 2001

参考録音
  • クラフト監修全集(1959)(Columbia,4CD):作品番号つき作品+ピアノ五重奏曲を収録
  • ブーレーズ監修旧全集(1978)(SONY, 4CD):作品番号つき作品をすべて収録
  • ブーレーズ監修新全集(2000)(DG, 6CD):出版済み作品をすべて収録
  • ケーゲル/ライプチヒ放送響(録音1977.10.26-29), op.1,5,6b,10,21(ドイツシャルプラッテン)
  • イタリア四重奏団(録音1970.6), Langsamer Satz(M.78), Düster und schwer (M.79), op.5, 9, 28(Philips)
  • アルディッティ四重奏団(録音1990.2), op.5, 9, 28, 20, Ruhig fließend(M.278), Düster und schwer (M.79), Langsamer Satz(M.78), Rondo(M.115) (Disques Montaigne)
  • ヴェーベルン/クラスナー/BBC交響楽団(録音1936.5.1): ベルク ヴァイオリン協奏曲(ガリミール四重奏団: ベルク 叙情組曲)
(2024.5.13復元・改修の上再公開)

アントン・ヴェーベルン(1883-1945):作品表

 主要作品(作品番号つきのみ)


作品番号つきの作品は、SONYの旧全集に収められています。
本ページでは作品番号毎ではなく、1つの作品番号のもとにまとめられた個別の楽曲単位に記載する ことにしました。理由は、草稿の整理番号であるM(=Moldenhauer)番号が楽曲単位であり、それとの対応づけを 明らかにするためですが、より根本的にはヴェーベルンの作曲の仕方、個別の楽曲を作り、その後で 曲集として編むという方法を考えた時、楽曲単位の整理にも意義があると思われるからです。
特に歌曲集ではそうしたアンソロジー的なまとめ方が比較的はっきりとしていますが、器楽曲でも 現行の楽章形態になる前の段階では、追加されるはずであったが草稿段階で破棄された楽曲が 存在するといったケースは少なくありません。無調時代の作曲にせよ、12音技法の採用後にせよ、 ヴェーベルンの場合には、楽曲内の構造の厳格さに比して、幾つかの楽曲を組み合わせて、 一つの作品とする過程はより任意性が高いように思えます。

M番号作品番号曲名編成作曲初演出版備考
1271Passacagliaピッコロ,フルート2,オーボエ2,イングリッシュ・ホルン,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット2,コントラファゴット,ホルン4,トランペット3,トロンボーン3,バス・チューバ,ティンパニ,シンバル,大太鼓,トライアングル,タムタム,ハープ,弦190819081922
1292Entflieht auf leichten Kaehnen無伴奏混声合唱190819271921George
1333-1Dies ist ein Lied声,ピアノ1908-190919191921George
1343-2Im Windesweben声,ピアノ1908-190919191921George
1353-3An Bachesranft声,ピアノ1908-190919191921George
1363-4Im Morgentaun声,ピアノ1908-190919191921George
1373-5Kahl reckt der Baum声,ピアノ1908-190919191921George
1384-1Eingang声,ピアノ1908-1909,決定稿192019231940George
1394-2Noch zwingt mich Treue声,ピアノ1908-1909,決定稿192019231940George
1404-3Ja Heil und Dank dir声,ピアノ1908-1909,決定稿192019231940George
1414-4So ich traurig bin声,ピアノ1908-1909,決定稿192019231925George
1424-5Ihr tratet zu dem Herde声,ピアノ1908-1909,決定稿192019121940George
1475-1Heftig bewegt弦楽四重奏190919101922
1485-2Sehr langsam弦楽四重奏190919101922
1495-3Sehr bewegt弦楽四重奏190919101922
1505-4Sehr langsam弦楽四重奏190919101922
1515-5In zarter Bewegung弦楽四重奏190919101922
3025bop.5の弦楽合奏編曲弦楽合奏1928/192919301961
1526-1Etwas bewegte Achtelフルート2,オーボエ2,イングリッシュ・ホルン,B管クラリネット,バスクラリネット,ファゴット2,ホルン4,トランペット,ハープ,チェレスタ,弦190919131913/1961
1536-2Bewegtフルート4(ピッコロ2持ち替え),オーボエ2,イングリッシュ・ホルン2,B管クラリネット2,Es管クラリネット1,バスクラリネット2,ファゴット,コントラファゴット,ホルン6,トランペット6,トロンボーン4,バス・チューバ,ハープ2,チェレスタ,ルーテ,シンバル,大太鼓,弦190919131913/1961
1546-3Zart bewegtフルート,B管クラリネット3,ファゴット,ホルン,トランペット4,ハープ,チェレスタ,グロッケンシュピール,大太鼓,弦190919131913/1961
1556-4Langsamフルート4(ピッコロ2,アルト・フルート1持ち替え),イングリッシュ・ホルン2,B管クラリネット2,Es管クラリネット,バスクラリネット2,ファゴット2,ホルン6,トランペット6,トロンボーン4,バス・チューバ,ティンパニ3,シンバル,タムタム,小太鼓,大太鼓,調律されていない低音の鐘190919131913/1961
1566-5Sehr langsamフルート,オーボエ,イングリッシュ・ホルン,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット,ホルン6,トランペット4,トロンボーン6,ハープ,チェレスタ,トライアングル,グロッケンシュピール,シンバル,大太鼓,弦190919131913/1961
1576-6Zart bewegtフルート2,イングリッシュ・ホルン,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット,ホルン6,トランペット,ハープ2,チェレスタ,調律されていない低音の鐘,弦190919131913/1961
2966b-1Langsamフルート2,オーボエ2,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット2,ホルン4,トランペット4,チェレスタ,ハープ,弦192819291956
2976b-2Bewegtフルート2(ピッコロ持ち替え),オーボエ2,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット,コントラファゴット,ホルン4,トランペット4,トロンボーン4,チューバ,シンバル,大太鼓,タムタム,チェレスタ,ハープ,弦192819291956
2986b-3Maessigフルート2,B管クラリネット2,ファゴット,ホルン,トランペット4,グロッケンシュピール,大太鼓,チェレスタ,ハープ,弦192819291956
2996b-4Sehr Maessigフルート2(ピッコロ持ち替え),B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット2,ホルン4,トランペット4,トロンボーン4,チューバ,ティンパニ,シンバル,大太鼓,小太鼓,タムタム,調律されていない低音の鐘192819291956
3006b-5Sehr langsamフルート,オーボエ,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット2(コントラファゴット持ち替え),ホルン4,トランペット4,トロンボーン4,チューバ,グロッケンシュピール,トライアングル,シンバル,大太鼓,チェレスタ,ハープ,弦192819291956
3016b-6Langsamオーボエ,B管クラリネット2,バスクラリネット,ファゴット,ホルン4,トランペット,調律されていない低音の鐘,チェレスタ,ハープ,弦192819291956
1617-1Sehr Langsamヴァイオリン,ピアノ1910,決定稿191419111912
1627-2Raschヴァイオリン,ピアノ1910,決定稿191419111922
1637-3Sehr Langsamヴァイオリン,ピアノ1910,決定稿191419111922
1647-4Bewegtヴァイオリン,ピアノ1910,決定稿191419111922
1678-1Du, der ichs nicht sage声,クラリネット,ホルン,トランペット,チェレスタ,ハープ,弦楽三重奏1919/1921/19251957?1926Rilke
1688-2Du machst mich allein声,クラリネット,ホルン,トランペット,チェレスタ,ハープ,弦楽三重奏1919/1921/19251957?1926Rilke
1789-1Maessig弦楽四重奏191319241924
1719-2Leicht bewegt弦楽四重奏191119241924
1729-3Ziemlich fliessend弦楽四重奏191119241924
1739-4Sehr langsam弦楽四重奏191119241913
1749-5Aeusserst langsam弦楽四重奏191119241924
1809-6Fliessend弦楽四重奏191319241924
16910-1Sehr ruhig und zartフルート,B管クラリネット,トランペット,トロンボーン,チェレスタ,ハープ,グロッケンシュピール,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ191119261923
18210-2Lebhaft und zart bewegtピッコロ,オーボエ,B管クラリネット,Es管クラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,ハーモニウム,チェレスタ,ハープ,グロッケンシュピール,トライアングル,シンバル,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス191319261923
18110-3Sehr langsam und aeusserst ruhigB管クラリネット,ホルン,トロンボーン,ハーモニウム,チェレスタ,マンドリン,ギター,ハープ,鐘,低音の鐘,大太鼓,小太鼓,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ191319261923
17010-4Fliessend, aeusserst zartB管クラリネット,トランペット,トロンボーン,チェレスタ,マンドリン,ハープ,小太鼓,ヴァイオリン,ヴィオラ191119261923
18510-5Sehr fliessendフルート,オーボエ,バスクラリネット,Es管クラリネット,ホルン,トランペット,ハーモニウム,チェレスタ,マンドリン,ギター,ハープ,グロッケンシュピール,木琴,シンバル,大太鼓,小太鼓,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス191319261923
20311-1Maessige Achtelチェロ,ピアノ191419241924
20411-2Sehr bewegtチェロ,ピアノ191419241924
20511-3Aeusserst ruhigチェロ,ピアノ191419241924
21212-1Der Tag ist vergangen声,ピアノ191519271922民謡
21712-2Die geheimnisvolle Floete声,ピアノ191719271925Bethge
21312-3Schein mir's als ich sah die Sonne声,ピアノ191519271925Strindberg
21612-4Gleich und Gleich声,ピアノ191719271925Goethe
22113-1Wiese im Park声,フルート,クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,チェレスタ,グロッケンシュピール,ハープ,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス191719281926Kraus
19913-2Die Einsame声,ピッコロ,クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,チェレスタ,グロッケンシュピール,ハープ,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス191419281926Bethge
22313-3In der Fremde声,ピッコロ,クラリネット,バスクラリネット,トランペット,チェレスタ,ハープ,弦楽三重奏191719281926Bethge
23113-4Ein Winterabend声,クラリネット,バスクラリネット,トランペット,トロンボーン,チェレスタ,ハープ,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス1918/192219281926Trakl
25114-1Die Sonne声,クラリネット(B),ヴァイオリン,チェロ192119241924Trakl
24014-2Abendland I声,バスクラリネット,ヴァイオリン,チェロ191919241924Trakl
23714-3Abendland II声,クラリネット(B),ヴァイオリン,チェロ191919241924Trakl
22214-4Abendland III声,クラリネット(Es),バスクラリネット,チェロ191719241924Trakl
23914-5Nachts声,クラリネット(Es),バスクラリネット,ヴァイオリン191919241924Trakl
23814-6Gesang einer gefangenen Amsel声,クラリネット(B),バスクラリネット,ヴァイオリン,チェロ191919241924Trakl
25215-1Das Kreuz, das musst'er tragen声,フルート,バスクラリネット,トランペット,ハープ,ヴィオラ192119241924民謡
25615-2Morgenlied声,バスクラリネット,トランペット,ハープ,ヴァイオリン192219241924子供の魔法の角笛
25315-3In Gottes Namen aufstehn声,クラリネット,トランペット,ハープ,ヴィオラ192119241924民謡
25715-4Mein Weg geht jetzt vorueber声,フルート,クラリネット192219241924コラール
22415-5Fahr hin, o Seel声,フルート,クラリネット,トランペット,ハープ,ヴァイオリン191719241924民謡
27016-1Christus factus est声,クラリネット,バスクラリネット192419511928典礼文
25916-2Dormi Jesu声,クラリネット192319511928子供の魔法の角笛
26016-3Crux fidelis声,クラリネット,バスクラリネット192319511928典礼文
26116-4Asperges me声,バスクラリネット192319511928詩篇50番
26916-5Crucem tuam adoramus声,クラリネット,バスクラリネット192419511928典礼文
26817-1Armer Suender, du声,クラリネット,バスクラリネット,ヴァイオリン192419521955民謡
27517-2Liebste Jungfrau声,クラリネット,バスクラリネット,ヴァイオリン192519511930民謡
27417-3Heiland, unsre Missetaten声,クラリネット,バスクラリネット,ヴィオラ192519521955民謡
28118-1Schatzerl klein声,クラリネット(Es),ギター192519541927民謡
28218-2Erloesung声,クラリネット(Es),ギター192519541927子供の魔法の角笛
28318-3Ave, Regina coelorun声,クラリネット(Es),ギター192519541927マリアのアンティフォナ
28619-1Weiss wie Lilien混声合唱,チェレスタ,ギター,クラリネット,バスクラリネット,ヴァイオリン19251957?1928Goethe
28719-2Ziehn die Schafe混声合唱,チェレスタ,ギター,クラリネット,バスクラリネット,ヴァイオリン19261957?1928Goethe
29020-1Sehr langsam弦楽三重奏1926-2719281927
28920-2Sehr getragen und ausdrucksvoll弦楽三重奏1926-2719281927
29421-1Ruhig schreitendクラリネット,バスクラリネット,ホルン2,ハープ,弦楽四部1927-2819291929交響曲
29321-2Variationen, Sehr ruhigクラリネット,バスクラリネット,ホルン2,ハープ,弦楽四部1927-2819291929交響曲
30822-1Sehr maessigヴァイオリン,クラリネット,テノールサクソフォン,ピアノ1928-3019311932
30522-2Sehr schwungvollヴァイオリン,クラリネット,テノールサクソフォン,ピアノ1928-3019311932
31423-1Das dunkle Herz声,ピアノ193419431936Jone
31323-2Es stuerzt aus Hoehen Frische声,ピアノ193319431936Jone
31223-3Herr Jesus mein声,ピアノ193319431936Jone
31624-1Etwas lebhaftフルート,オーボエ,クラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,ヴァイオリン,ヴィオラ,ピアノ1931-3419351948協奏曲
31924-2Sehr langsamフルート,オーボエ,クラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,ヴァイオリン,ヴィオラ,ピアノ1931-3419351948協奏曲
32024-3Sehr raschフルート,オーボエ,クラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,ヴァイオリン,ヴィオラ,ピアノ1931-3419351948協奏曲
31725-1Wie bin ich froh!声,ピアノ193419521956Jone
32225-2Des Herzens Purpurvogel声,ピアノ193419521956Jone
32125-3Sterne, Ihr sibernen Bienen声,ピアノ193419521956Jone
32426Das Augenlicht混声合唱,フルート,オーボエ,B管クラリネット,サクソフォーン,ホルン,トランペット,トロンボーン,ティンパニ,グロッケンシュピール,木琴,シンバル,チェレスタ,ハープ,マンドリン,ヴァイオリン8,ヴィオラ4,チェロ4193519381956Jone
32627-1Sehr maessigピアノ1935-3619371937変奏曲
32727-2Sehr schnellピアノ1935-3619371937変奏曲
32527-3Ruhig fliessendピアノ1935-3619371937変奏曲
32928-1Maessig弦楽四重奏1936-193819381939
33028-2Gemaechlich弦楽四重奏1936-193819381939
32828-3Ruhig fliessend弦楽四重奏1936-193819381939
33229-1Zuenderder Lichtblitz混声合唱,フルート,オーボエ,B管クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,ティンパニ,大太鼓,シンバル,トライアングル,チェレスタ,ハープ,弦4部1938-3919461954Jone,カンタータ第1番
33129-2Kleiner Fluegelソプラノ,フルート,オーボエ,B管クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,トライアングル,グロッケンシュピール,タムタム,チェレスタ,ハープ,マンドリン,弦4部1938-3919461954Jone,カンタータ第1番
33429-3Toenen die seligen Saiten Apollsソプラノ,混声合唱,フルート,オーボエ,B管クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,グロッケンシュピール,チェレスタ,ハープ,弦4部1938-3919461954Jone,カンタータ第1番
33530Variationenフルート,オーボエ,B管クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,チューバ,ティンパニ,チェレスタ,ハープ,弦5部194019431956
34131-1Schweigt auch die Weltバス,フルート,バスクラリネット,アルトサクソフォーン,ホルン,トランペット,トロンボーン,チューバ,ハープ,チェレスタ,弦5部(ヴァイオリンは独奏のみ)194319501949/1956Jone,カンタータ第2番
34231-2Sehr tiefverhaltenバス,クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トロンボーン,グロッケンシュピール,ハープ,チェレスタ,ヴィオラ,チェロ194319501949/1956Jone,カンタータ第2番
34331-3Schoepfen aus Brunnenソプラノ,女声合唱,フルート,オーボエ,イングリッシュホルン,クラリネット,バスクラリネット,アルトサクソフォーン,ファゴット,ホルン,トランペット,トロンボーン,チューバ,ハープ,チェレスタ,弦4部(コントラバス除く)194319501949/1956Jone,カンタータ第2番
33631-4Leichteste Buerdenソプラノ,ピッコロ,フルート,オーボエ,イングリッシュホルン,クラリネット,バスクラリネット,アルトサクソフォーン,ファゴット,ホルン,トランペット,トロンボーン,グロッケンシュピール,ハープ,チェレスタ,弦4部(コントラバス除く)194119501949/1956Jone,カンタータ第2番
33831-5Freundselig ist das Wortソプラノ,混声合唱,ピッコロ,クラリネット,バスクラリネット,ホルン,トランペット,トロンボーン,グロッケンシュピール,ハープ,チェレスタ,弦4部(コントラバス除く,ヴァイオリンは独奏のみ)194219501949/1956Jone,カンタータ第2番
33931-6Gelochert aus den Schosse混声合唱,オーボエ,イングリッシュホルン,クラリネット,バスクラリネット,アルトサクソフォーン,ファゴット,ホルン,トランペット,トロンボーン,弦4部(コントラバス除く)194219501949/1956Jone,カンタータ第2番

作品番号なしで出版済みの作品

出版済みの作品は、DGの新全集に収められています。作品番号なしの作品を同定する際には、 M番号を用いるのが適切と思われます。なおM番号は草稿の整理番号であり、未完成作品や 単なるスケッチにもつけられているので「演奏可能な程度まで完成されていると看做しうる」 作品とは隔たりがあります。

M番号作品番号曲名編成作曲初演出版備考
1Langsam in Gチェロ,ヴァイオリン189919701975
2Langsam in Fチェロ,ヴァイオリン189919701975
3Vorfruehling声,ピアノ190019621965Avenarius
13Nachtgebet der Braut声,ピアノ190319621965Dehmel
12Fromm声,ピアノ190219621965Falke
7Tief von fern声,ピアノ190119621965Dehmel
15Aufblick声,ピアノ190319621965Dehmel
21Blumengruss声,ピアノ190319621965Goethe
62Bild der Liebe声,ピアノ190419621965Greif
16Sommerabend声,ピアノ190319621965Weigand
64Heiter声,ピアノ190419621965Nietzsche
19Der Tod声,ピアノ190319621965Claudius
18Heimgang in der Fruehe声,ピアノ190319621965Liliencron
60Gefunden声,ピアノ190419621965Avenarius
20Gebet声,ピアノ190319621965Avenarius
59Freunde声,ピアノ190419621965Avenarius
63Im Sommerwindオーケストラ190419621966ブルーノ・ヴィレの詩による牧歌
78Langsamer Satz弦楽四重奏190519621965
79Deunster und schwer弦楽四重奏190519621965
112Lebhaftピアノ190619581970
114Sonatensatz (Rondo)ピアノ190619681969
115Rondo弦楽四重奏190619681970
83Ideale Landschaft声,ピアノ190619621966Dehmel
130Am Ufer声,ピアノ190819621966Dehmel
131Himmelfahrt声,ピアノ190819621966Dehmel
119Naechtliche Scheu声,ピアノ190719621966Dehmel
132Helle Nacht声,ピアノ190819621966Dehmel
118Maessigピアノ五重奏190719071953
143Erwachen aus dem tiefsten Traumesschosse声,ピアノ1908-0919661970George
144Kunfttag I声,ピアノ1908-0919661970George
145Trauer I声,ピアノ1908-0919661970George
146Das lockere Saatgefilde声,ピアノ1908-0919661970George
187Bewegt管弦楽191319671971
188Langsam (sostenuto)管弦楽191319691971
183Sehr bewegt Viertel管弦楽191319671971
189Langsame Viertel管弦楽191319691971
196Alla breve管弦楽191319671971
200Leise Duefte声,管弦楽191419661968Webern
201Kunfttag II声,管弦楽191419661968George
184O sanftes Gluehn der Berge声,管弦楽191319661968Webern
202Sonata (Sehr bewegt)チェロ,ピアノ191419701970
267Kinderstueckピアノ192419661967
277Klavierstueck (Im Tempo eines Menuetts)ピアノ192519631966
278Satz fuer Streichtrio (Ruhig fliessend)弦楽三重奏192519631966

copyright(c) 2005, 2006 by YOJIBEE