2014年3月2日日曜日

クリストフ・ヴィリバルト・グルック

 グルックの名は一般には「オペラ改革」の担い手、グルック・ピッチンニ論争の 一方の当事者として語られることが多いのだろう。いわゆるピリオド・スタイルの 演奏が定着した現在、時折、辛うじて「オルフェオとエウリディケ」のみが、 それ以降のオペラの先駆として定期的に歌劇場で再演される伝統的なレパートリーに 残っているのを除くと、寧ろそれはバロック・オペラの掉尾を飾る作品群に 分類されることが一般的になりつつあるかのようだ。「改革オペラ」の実作例である 「アルチェステ」「アルミーデ」「アウリスのイフゲニア」「タウリスのイフゲニア」といった 作品は、かつては通常の歌劇場のレパートリーの一部として、 あるいは歴史的な名歌手達のレパートリーとして折りを見て再演、新演出が施され、 数々の名演に彩られてきたし、それは今でも基本的には変わることはないだろうが、 例えば日本の歌劇場でその作品が取り上げられる機会はほぼ皆無といって良い。 グルックは数曲のアリア、否、もしかしたら「我エウリディケを喪えり」1曲をもって かろうじて記憶される、どちらかといえば歴史年表上の出来事なのかも知れない。 同じオルフェウス神話に取材するならば、モンテヴェルディの「オルフェオ」の方が遥かに 話題性に富んでおり、グルックの作品はバロック・オペラとモーツァルト以降の通常の オペラのレパートリーの狭間にあって、なまじかつての歌劇場のレパートリーであったが故に、 バロック・オペラのいわゆる「再発見」の新規性にも欠け、オペラ・セリアと共通する 古典に取材した題材に基づく作品はどことなく所在無げな印象すらある。


実際にグルックの時代は遠い。偶々今年は生誕300年のアニヴァーサリーだが、グルックの 「オペラ改革」は、彼が音楽教師を勤めていたオーストリア皇女マリー・アントワネットの フランスへの輿入れに同行して、彼がパリに向かい、旧作をフランス語による台本に基づき 改作し、あるいは新作をフランス語の台本により発表することで進められた。そうした論争の常で じきに支持者の熱狂が一人歩きするようになると、当事者であるグルックは論争に嫌気がさし、 最後の「改革オペラ」であった牧歌劇「エコーとナルシス」が失敗すると オーストリアの宮廷に戻ってしまう。フランス革命が勃発し、マリー・アントワネットが 刑死するのを経験することなく、彼はオーストリアで「騎士グルック」として没するのであり、 革命とナポレオンにより席巻されるヨーロッパの閾の手前の時代に属しているのだ。 グルックよりは遥かにナポリ派のオペラ・セリアの伝統に忠実であったにも関わらず、晩年の モーツァルトにおいては最早オペラ・セリアというジャンルが、或る種の距離感や分裂なしには 成立しえなくなっていて、その後急速に歌劇は古典に取材することをしなくなっていくが、 上に掲げたように、グルックの代表作はいずれも古典に取材したもので、寧ろそれまでの バロック・オペラの伝統に属していると言って良い。グルックの「改革オペラ」の掉尾を飾るのが、 「改革者」グルックの信奉者にとっては思いもよらぬ牧歌劇「エコーとナルシス」であったのは 極めて示唆的である。それは或る人たちにとっては改革からの戦線離脱に映るであろうし、 あるいはまた、フランスの啓蒙思想をバックボーンにした改革を推し進めたグルックは、だが 結局、アンシャン・レジームの枠を超えることができない限界を持っていたことの証をそこに 見出す人がいても不思議はない。それは丁度、音楽的にもナポリ派の理念に忠実であるばかりか、 少なくとも最初は政治的な立場では遥かに保守的で、啓蒙思想に対して敵対的であったモーツァルトが、 ダ・ポンテの台本によるドラマ・ジョコーゾとフリーメイソンの教義が色濃く反映された ジングシュピールによって期せずして反対側に抜け出てしまったかに見えるのと鏡像のような関係にあるかに見える。 勿論、こういう言い方をするからには私はそうした意見には同意しない。 それまでのオペラ改革の経験はここでもはっきりと刻印されていて、 それは紛うこと無き「改革オペラ」の一つであって、最早それはかつての牧歌劇でもなく、 さりとて後に続く作品を持つことのない、或る種の進化の行き止まりのような様相を 呈しているように思われる。それはだが、かつての世界の記憶を 留めた化石ではない。その蘇演は寧ろ、DNAを再生して現代に甦らせる試みに似ていて、 そこから新たな何かが生まれる素地を有するものであるように感じられるのである。


とはいうものの殊更に奇を衒う傾向のある近年のバロック・オペラの演出によらずとも、否、寧ろ 従来のアプローチで上演された記録に虚心坦懐に接したときに受ける印象は、それを歴史の一齣に 還元してしまうのを拒むものを含んでいる。「オペラ改革」はナポリ楽派によるオペラ・セリアの 様式を背景にした歴史的な出来事であるけれど、そうした文脈なしで接しても、その音楽の劇的な 流れの説得力は充分すぎる程感じられる。否、もっと端的に、少なくともフランス語の台本に 基づいて書かれたグルックのオペラは現在、歌劇場のレパートリーとして定期的に上演されるもっと 後の時代の他の作曲家の作品に比べて何ら遜色ない傑作であり、私個人の中では、 寧ろオペラの実演に接するのであればグルックのものをまず観てみたいと思わずには いられないくらいなのである。端的に言って、 それらは時代の文脈を超えて、それ自身の力で存続することのできる力を備えた作品であり、 だからこそ、ロマン派の時代以降、現在に到るまで、上演様式の変遷を潜り抜けて繰り返し 取り上げられてきたと考えるべきなのだ。


そうした見方で眺めてみると、例えばベルリオーズがグルックを別格の存在として評価して いたことや、シューマンの(ただし多分に同時代に一世を風靡していたロッシーニを 筆頭にしたイタリアオペラへの反撥が混じっている分、割り引く必要はあるが)グルックに 対する高い評価、そして極めつけはワグナーの、それ自体はやや牽強付会の気味はある 己の楽劇の先駆者としての評価は、その作品が単に様式的に先駆的であったというに留まらず、 その音楽の備えた閃きと力動に満ちた強靭な力が、時代を超えた影響を持ちえたことを 証言していることに気付かずにいられない。ピリオド・アプローチを経た現在の地点から すればワグナー版の「アウリスのイフゲニア」は手垢にまみれたものであるという 断定を受けるのだろうが、実際にワグナー版の優れた上演に接してしまえば、グルックの 作品が持っているポテンシャルが、必ずしもピリオド・アプローチによらずとも、 否、寧ろ或る種の「改作」によって新たな光を当てることのできるだけの容量を備えている ことに気付かざるを得ない。要するに各時代の最高の実作者たちがこぞって最高の評価を することを躊躇わなかった理由は、作品に接すれば自ずと了解されるものなのである。 ワグナーが「アウリスとイフゲニア」を取り上げた、その動機が忘れ去られることがあっても、 ワグナー版においてワグナーが取り出そうとした意図の方は作品自体によって存続するのは 疑いのない事実だ。かつてムーティがスカラ座で上演したのはフランス語歌唱による ワグナー版であったが、それは作品の持つポテンシャルを充分に解き放ち、聴き手に 時代を忘れさせてしまうほどの力に満ちた演奏によって、かつて「改革」が持ちえたであろう インパクトや、ワグナーがこの作品に見出し、わざわざ管弦楽の再配置やアリアの追加まで してリアライズしようとしたポテンシャルを解き放ったものであったし、100年前のウィーンで、 オペラ上演の改革を行ってきた指揮者・歌劇場監督としてのマーラーがアルフレート・ロラーとの 共同制作の掉尾を飾る作品として取り上げた「アウリスとイフゲニア」もまた、そうした コンテキストに相応しい圧倒的なものあったに違いない。カラスやフラグスタート、ベイカー といった過去の名歌手によるアルチェステもまた、歌手の個性と時代の様式に伍して 時代を超えて聴き手を圧倒する力を、グルックの作品自体が持っていることを告げる。


思えば私がグルックの音楽に始めて接したのは、ワグナー版の「アウリスとイフゲニア」序曲の コンサートでの演奏の録音記録によってで、それは音楽を熱心に聴きだした最も初期の時期の 最も鮮明な印象の一つであった。その時には私は「アウリスとイフゲニア」が取材したトロイ戦争の 物語も知らなかったし、さりとてその後も永らくオペラそのものに接する機会もまたなかった。 要するにこちらもまた往年の名指揮者のコンサートのレパートリーとして継承されたもの (かつてのコンサートは歌劇の序曲+コンチェルト+交響的作品という三本立てが典型で あったことを思い起こしても良かろう)のある断面に、何の予備知識もなく接したわけ なのだが、その文脈の欠如にも関わらず、その音楽の持つ力は全く誤解の余地のないもので、 私にとってグルックの音楽は直ちに音楽史年表の中には決して納まらない、端的な「音楽」の 一つとなったのであった。その後、初めて 歌劇の全曲を聴いたのは、これもふとした偶然で、一般には新ウィーン楽派以降の現代音楽の 理解者として著名な、ハンス・ロスバウトによる「オルフェオとエウリディケ」の録音に 接したことであった。その音楽の持つ直接心の奥底に入ってくるような刃のような鋭さの感触は 数十年を経た今でも生々しく思い出すことができる程のものである。他にも例えば ほぼ時期的に連続するペルゴレージの場合が該当するが、作品の持っている疑問の余地無い力、 時代の制約を軽々と超える力によって、演奏様式についての二者択一的な論争が副次的なものと して色褪せてしまうという事態が、グルックの作品の場合にも新しい優れた上演に接する度に起きる のである。


私見ではグルックの歌劇の印象に最も近いのは、日本の伝統芸能である能、しかもその中でも まさに「改革者」であったであろう世阿弥の書いた能である。古典に取材して 想像力を羽ばたかせることによって古典の枠を拡げ、実はそうした継承と発展そのものである「古典」を 自ら豊かにしていく点や、時間的な持続の作り方を「改革」し、単に破壊するのでも、全く新しい ジャンルを開拓するのではなく、寧ろ新しい型を示すことによって高度な様式性の持つ制約を力に転化し、 そこから圧倒的な強度を引き出すことに成功している点、そしてその結果、時代の様式の変遷を超え、 今尚様々な様式による演奏が共存しえる点、そして恐らく、今後も時代を超えて存続し続けるであろうことに おいて両者には明らかな並行性が認められる。だがそれ以上に、端的にその作品の上演に接したときに 受ける印象が際立って近いのである。それはもしかしたら私個人の固有の享受の仕方に起因するもので 一般的なものではないのかも知れないし、私が個人的に能をグルックの歌劇のように、グルックの歌劇を 能のように受容するという、異種混淆的な、見方によってはどっちつかずで不純ですらある受容の仕方を しているというに過ぎないのかも知れない。だがそれでもなお、仮に価値判断は暫く留保するにしても、 そうした受容が可能であるという事実は確固としたものであるし、両者の並行性は或る種のヴァーチャルで 抽象的な空間の同相性として、私にとっては極めて鮮明に感じ取ることができるものなのである。


それは極めて人間的な物語、人間化された物語でありながら、超越的な何かに触れる瞬間に事欠かず、 或る瞬間には寧ろ「儀礼」と言って良いものに化する音楽作品なのであり、オペラ・セリアと素材を共有している 元の神話物語の持つ飼い馴らすことのできない荒々しい力を決して中和して毒消ししてしまうこともない。 寧ろそれは、変形され変奏される神話物語の変異形の一つとして、恐らくは聴き手を媒介にして、 聴き手を超えて存続し続ける 存在なのである。そこでは通常の歴史的なパースペクティブの持つ遠近法は最早用を為さない。少なくとも この地球の上では人間という種にしか可能ではないような類のヴァーチャリティの持つ、だが、ある地点では人間を 超えて出て行ってしまう力の場の固有の力学があるのだ。ホメロスによって語られたトロイ戦争のエピソードに 基づきつつ、エウリピデスを経て、ラシーヌによって改変されたイフゲニアの運命を取り上げた後には、 オヴィディウスの「変身物語」の世界に属し、最早「人間」が出てこない牧歌劇「エコーとナルシス」が続く。 そのことの持つ意味は寧ろ、最早人間がかつてのものではなくなって久しい現代に、「人間」が変わり、 「現実」が変わることで、ヴァーチャルなもの、様々な観念の 布置もまた変わってしまう過程にある現在においてこそ、ようやく正しく測りうる準備が整いつつあると 言うべきなのではないか。例えば、あまりに人間的なものに到達したかに見えながら、エウリピデスばりの 機械仕掛けの神(Deus ex Machina)と共存させる「イフゲニア」の物語を三輪眞弘さんの「新しい時代」、 あるいは「ありえたかも知れない」音楽のカバーストーリーたる「夢」に折り返したらどうなるのか? 「エコーとナルシス」は人間ではない何者か、例えばロボットの演技と自動音声合成による歌唱によって 上演されることを待っているのではなかろうか。かつて或る種の特異点で生まれた「音楽」は、来るべき特異点のための ものではなかろうか。それは近年とみに歌劇というジャンルを跳梁している演出家の独創やら個性とやらの 小賢しい顕示のための手段に留まることなどありえない。寧ろ演出という概念自体を「改革」し、 もう一度「音楽」そのものを組み立て直す作業にこそ相応しいものに感じられるのである。(2014.3.2, 4.7)

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