クラシック音楽の愛好家であれば、ブルックナーとシベリウスの音楽が「似て非なるもの」であることは直感的に感じ取れるだろう。両者ともに後期ロマン派の大規模な交響曲を書いたが、ブルックナーの響きには広大な空間への広がりがあり、シベリウスの晩年の音楽には独特の凝縮感がある。マーラーの音楽はその両者とも異なり、ブラームスはまた別の様相を呈する。こうした様式上の差異を、楽譜の数値データから客観的に示すことはできるだろうか。ここではそのような問いに取り組んだ分析の結果を紹介する。
音楽を「座標」として記録する
分析に用いたのはMIDIデータである。MIDIとは楽譜の情報をデジタル化したもので、「どの音が、いつ、どれだけの長さで鳴っているか」を数値として記録している。ここから各瞬間にどの音が鳴っているかを取り出し、「五度圏」という座標系の上に投影する。
五度圏とは、12の音(ドレミファソラシと、その間の半音を含む全12音)を円周上に配置したものだ。ハ長調のド、ト長調のソ、ニ長調のレ……と、五度(鍵盤で数えて7鍵分)の関係にある音が隣り合うよう並んでいる。調性音楽においては同じ調に属する音が集まって鳴ることが多いため、ある瞬間に鳴っている音の「重心」がこの円のどこにあるかを計算することで、その音楽が調性的にどこに「根を張っているか」を追跡できる。
この重心の動き方を記述するために9種類の指標を算出した。重心の平均的な移動幅はどれくらいか、単位時間あたりどれだけ速く動くか、どのくらいの揺らぎがあるか、五度圏上のどれだけ広い範囲を使うか——といった数値である。
分析の対象
取り上げたのは以下の27作品の第一楽章(ないし相当する楽章)である。ブルックナーは後期の第7・8・9番、シベリウスは第6番(第1,4楽章)・第7番・タピオラ、ブラームスは第1〜4番の全曲、マーラーは第1〜10番および大地の歌の全11作品(第6のみ第1,4楽章で全12楽章)。これに古典派の代表として、ハイドン第104番とモーツァルト第41番(ジュピター)を加えた。古典派の2作品は「調性音楽の典型」として、分析空間の参照点となる。
9次元を2次元の地図に圧縮する
9つの指標を同時に見渡しても全体像はつかみにくい。そこで「主成分分析(PCA)」という統計手法を用い、9次元の情報をできる限り損なわないまま2次元の地図として描き直した。今回の分析では、横軸(PC1)と縦軸(PC2)の2軸で全体の情報量の約70%が保存されている。
添付の図のうち、作曲家ごとに色分けされた図を主に参照してほしい。各点は1つの楽章を表し、点が近いほど指標上の特徴が似ていることを意味する。個々の作品名を確認したい場合は、作品別にラベルが付いた図を補助的に参照するとよい。図中の灰色の矢印は各指標を表しており、矢印の向きがその指標の高い方向を示している。
横軸——「調性の求心力」の軸
まず横軸(左右方向)に注目してほしい。
左側にある作品ほど、五度圏上の重心の移動が緩やかで、特定の調性の「場」に引き留められている。一方、右に行くほど重心の移動幅が大きく、動きが速く、調性の求心力が薄れる。特定の調的な「根」を持たず、高速・高密度で変動し続ける状態に対応している。
図の左端には、ハイドンとモーツァルトの2点が他のすべての作品から大きく離れて位置している。調性の求心力が際立って強いこの2作品が、分析空間全体の「原点」を基準付けている。そこから右に向かうにつれて各作曲家の作品が並び、最も右寄りにショスタコーヴィチとマーラー晩年の作品が位置する。
縦軸——「音の空間の使い方」の軸
次に縦軸(上下方向)を見てほしい。この軸は横軸とは独立した別の側面を表している。
上方向は、五度圏の広い範囲に音が分散しながら動く状態に対応する。下方向は逆に、音高の種類を広く・高密度に使いながらも、局所的な揺れにとどまる状態を意味する。
この縦軸において、ブルックナーとシベリウスが対照的な位置に現れることが図からひとめでわかる。ブルックナーの3作品は上方に集まり、シベリウスの4作品は下方に集まる。指標の上でいえば、ブルックナーは音が広い空間に分散しながら「漂う」ような動き方を示し、シベリウスは音高を広く・高密度に被覆しながら局所的に凝縮する動き方を示している。ブルックナーの広大な響きとシベリウス晩年の凝縮した様式が、同じ指標体系の中で縦軸上の対称として現れているのは、聴感とも整合する結果といえる。
ショスタコーヴィチの2作品は図の右上、縦軸の正方向・横軸の正方向の両方に突出している。和声の移動幅が全作品中最大値域にあり、かつ音高の被覆範囲が最も狭いという組み合わせがこの位置を生んでいる。大きな跳躍と局所的な密度の低さ——調的な「根」を持たぬまま激烈に動き回る語法が数値に反映されている。
ブラームスの4作品は横軸・縦軸ともに中間域に散在し、突出した極性を持たない。古典的な構造への志向と後期ロマン派的な語法の並存が、この中間的な配置を生んでいると考えられる。
全体の中のマーラー
マーラーの12作品は、他の作曲家グループのほぼ中央に位置するかたちで分布している。横軸については、古典派(左端)からショスタコーヴィチ(右寄り)への広がりの中で、マーラーの作品群は左寄りの初期から右寄りの晩年へと時代順に並ぶ傾向が読み取れる。マーラーの音楽が年を追うにつれて調性の「重力」を手放してゆく過程が、この横軸上の配置に現れている。
縦軸については、マーラーの12作品の上下方向の変動幅が、ブルックナー(上方)とシベリウス(下方)に挟まれるかたちで相対的に狭く見える。マーラーは縦軸のどちらの極にも向かわず、その中間でさまざまな様態を行き来している。音空間を広く漂うブルックナー的な方向にも、音を凝縮させるシベリウス的な方向にも振り切れず、両者の間に位置し続けるこの配置は、マーラーの音楽が複数の様式的可能性を内包しているという印象と符合する。
2つの軸が示すもの
この分析から取り出された2つの軸は、後期ロマン派の交響曲における和声的な運動の2つの独立した側面を切り出しているといえる。横軸(PC1)は「調性中心への凝集——拡散」の軸であり、調性音楽の典型である古典派から出発して、各作曲家がどの程度調性の求心力から離れているかを示す。縦軸(PC2)は「調性運動の慣性——攪乱」の軸であり、持続的・高密度な運動(シベリウス方向)から広域分散・断続的な動き(ブルックナー・ショスタコーヴィチ方向)への対比をなしている。
こうした数値分析の結果は、私たちが各作曲家の音楽について聴感的に抱いてきた印象と大きく乖離するものではない。むしろ「ブルックナーの広がり」「シベリウスの凝縮」「マーラーの多様性」といった印象を、五度圏上の重心の運動という具体的な指標に接続することで、より精密な言語で語る足がかりを提供するものといえるだろう。この2軸を「主体の自己同一性——離心化」「主体の持続的推進——断続的変容」と言い換えてみると、各作曲家の交響曲的思考の違いがどのような音楽的選択の差異に根ざしているのか、さらに踏み込んで考える手がかりが生まれるかもしれない。
(2026.3.23 公開)


0 件のコメント:
コメントを投稿