2026年10月12日月曜日

ショートノート(4):シベリウス(1)――似て見える作品を分ける構造、分ける以前に特異な作品

 本稿は、シベリウス7作品(交響曲第2番第1楽章、第3番第1楽章、第5番第3楽章、第6番第1楽章・第4楽章、第7番、《タピオラ》)を対象に、拡張指標とPC集合DFTから得られた知見を速報としてまとめるものである。既掲載の分析(「シベリウスの調性力学」)とは重ならない範囲、すなわち旧PCAと新指標の対比、およびDFTが固有に示す発見に絞る。


1.旧PCAで重なる2曲が、原点構造ではっきり分かれる

旧9指標によるPCA(8作曲家・45楽章コーパス、既刊)では、第2番第1楽章と第7番が、ほぼ同じ位置に重なる。


旧PC1

旧PC2

第2番第1楽章

−0.362

−0.814

第7番

−0.397

−0.812

PC1の差はわずか0.035、PC2の差はわずか0.002であり、旧9指標が測る「調的な凝集・分散・運動性」という水準においては、この2曲はほぼ識別不能である(図1左)。

ところが、原点への着地率(Origin_PCSet_Ratio)という、まったく別の指標で見ると、この2曲はコーパス全体の中でも際立って離れた位置に来る。第2番は0.168(7曲中最大)、第7番は0.016(7曲中最小の部類)であり、その差は旧PCAでの近さとは対照的に大きい(図1右)。

シベリウス★A図

シベリウス★A図

図1. 左:旧9指標PCAのPC1×PC2散布図。第2番と第7番がほぼ重なる。右:Origin_PCSet_Ratioの作品別棒グラフ。同じ2曲がコーパス中でもっとも離れた値を取る。

この対比が示すのは、「調的に似て聞こえる・似た力学を示す」ことと「同じ原理で組織されている」ことは別だ、ということである。 第2番と第7番は、五度圏上の重心運動という水準では区別しがたいが、その運動を生み出しているPC集合の対称性という、もう一段深い水準では、まったく異なる組織原理を持つ。

なお、第2番のOrigin_PCSet_Ratioが高いことを、ただちに「全音音階的書法」と解釈することはできない。最頻出origin PC集合が全音音階型となるのはコーパス中で《タピオラ》のみであり、第2番の最頻出型は{2,5,8,11}(減七和音型)である。すなわち第2番の原点着地は、《タピオラ》とは異なる対称性(減七和音型)によって高い比率を記録している。「原点への着地率が高い」ことと「どの対称性に着地しているか」は、分けて読む必要がある。


2.《タピオラ》――55楽章中唯一のf6優勢

もう一つの発見は、PC集合DFTのモードプロファイルに関わる。シベリウス7作品のf1〜f6振幅を並べると、《タピオラ》だけがf6(f6=0.551)をf5(0.376)より高くとる、コーパス全体でも唯一の楽章である。

シベリウス★B図

シベリウス★B図

図2. シベリウス7作品のf1〜f6振幅プロファイル。《タピオラ》だけがf6優勢であり、他の6作品はすべてf4またはf5優勢である。

f6はIC2(長2度)に一意に対応するモードであり、全音音階(隣接音程がすべて長2度)はIC2密度が理論上最大となる音組織である。したがって、全音音階的書法を持つ楽章がf6で突出した振幅を示すことは、経験的な発見である以前に、理論的に予測される帰結である。この意味で図2は、「全音音階的な楽曲はf6優勢になるはずだ」という理論的予測を、実際のコーパス全体から独立に裏付ける、もっとも明快な事例だと言える。

ただし、この結果を評価するうえで一つ注記が必要である。f6係数は構造上つねに実数値を取り、虚部は数値誤差の範囲でゼロになる。すなわちf6空間は2次元的な「軌道」を持たない、実軸上に縮退した1次元の量である。したがって、Avg_r(原点からの距離=全音音階性の強度)のような半径系の指標はf6空間でもそのまま意味を持つが、Anisotropy_Ratioのような角度系の指標は、f6空間では構造的に機能しない。《タピオラ》のf6優勢という発見を、f5空間で確立した指標群へそのまま横展開できるわけではない点には注意を要する。


3.小結

  1. 旧PCAでほぼ重なる第2番・第7番は、Origin_PCSet_Ratioという別の指標では大きく分離する。 これは、「似た力学を示す作品が、同じ原理で組織されているとは限らない」ことを示す一例である。

  2. 第2番の高いOrigin_PCSet_Ratioは、全音音階性の指標ではない。最頻出origin型は減七和音型であり、《タピオラ》とは異なる対称性に由来する。

  3. 《タピオラ》は55楽章コーパス全体で唯一のf6優勢楽章である。 これはIC2とf6の理論的な一対一対応(方法論レポートII)を、独立したデータから裏付ける、もっとも明快な事例である。ただし、f6空間は実軸へ構造的に縮退するため、角度系の指標はそのまま適用できない。


(2026.10.12 公開)

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