Ⅰ コッコネンの音楽との出会い
コッコネンの音楽との出会いは、20世紀ももう終わろうかという時期だった。それが彼が没した1996年10月2日より前であったか、後であったかは最早記憶が定かではない。はっきりしているのは、私はコッコネンの音楽に、同時代に書かれた作品という意識を持たずに接したということである。中学生になったばかりの頃に出会って以来、シベリウスの音楽に深く魅入られて来た私は、同時にシベリウスを生み出したフィンランドの言葉や文化についての関心も抱き続け、シベリウスに続くフィンランドの音楽を聴いてみたいと思い続けてきた。
ここで重要なのは、フィンランドの音楽であれば何でも良い、という訳ではなく、どちらかといえばシベリウスのような音楽、シベリウスの音楽に通じるものがある音楽を求めていたという点で、Webが今日のように発達する以前の当時、特別な情報源を持つわけでもない、市井の平凡な音楽愛好家が接することができる限られた情報で知りえたのが、コッコネンという名の作曲家の存在だったのである。
当時はまた、音楽の記録・再生の媒体がLPレコードからCDに切り替わり、それまで接することができなかった膨大な音楽にCDで比較的容易に接することができるようになった時期でもあった。そうした時代状況の偶然の為せる業により、BISレーベルからリリースされた交響曲を含むコッコネンの幾つかの作品を収めたCDを入手して聴いたのが、最初の出会いだったと記憶している。
その後、数多く存在するコッコネン以外のフィンランドの作曲家については、ラウタヴァーラやサーリアホの作品の一部を聴いたのを例外として、きちんと接することなく、30年以上の年月が経過したことになる。ではなぜ、それ以上の渉猟をしようとしなかったについては、一つには、ことシベリウスに関して言えば、私が惹かれた側面は、シベリウスの音楽が根差す風土に属する側面も勿論ありはするものの、それよりはより多く彼固有のものである、ということを認識したからである。
コッコネンの音楽は、図らずもそのこと——つまり、私が惹かれているのは、シベリウスの音楽の「フィンランド性」そのものではなく、それと無関係ということはないにせよ、シベリウスの音楽が固有に備えているものなのだということ——を認識する契機となったといった面があることは確かであるが、その一方でコッコネンの音楽は、他のフィンランドの作曲家達とは異なって、さほど頻繁に接するのではなくても、どこか気になる存在では在り続けてきた。それはシベリウスに表面上の雰囲気だけとれば類似した音楽では全くないが、その音楽の経過には間違いなく共通するものがあり、その雰囲気の原因を尋ねてみると、一般的な意味合いでの音楽語法という点でははっきりとした違いがあるものの、音楽を組立てていくための論理に通じるものがあるように私には感じられる。そしてそれは、シベリウスの作品の中で明らかに他のジャンルに比して特別の位置を占めており、コッコネンにおいても、シベリウス程極端ではないものの、やはり主要なジャンルといいうことは出来るであろう、交響曲的な作品において最も顕著に現れているように感じられる。言い替えれば、交響曲的主体の存在様式において、コッコネンは、シベリウスに共通した側面を備え、かつ、シベリウスの亜流ではない、独自のものがそこにあると言えるように思うのだ。
Ⅱ 交響曲とは成長する生命である
交響曲とは何かという問いに対しては、十九世紀以来、さまざまな答えが与えられてきた。ある者は主題労作の技法にその本質を見出し、ある者はソナタ形式による対立と統合の劇的過程に交響曲の理念を求めた。また二十世紀に入ると、調性の解体や十二音技法の成立によって、交響曲というジャンルそのものの存立が改めて問われるようになる。交響曲は古典的形式の残滓なのか、それともなお新たな音楽思想を担いうる器なのか。この問いは、二十世紀の交響曲作曲家の多くが、それぞれ異なる仕方で引き受けることになった。
ヨーナス・コッコネンもまた、その問いと無縁ではなかった。しかし興味深いことに、彼の答えは、形式論や技法論から出発するものではない。彼が繰り返し語るのは、交響曲を一つの生命体として捉えるという発想である。
もちろん、音楽を生命になぞらえる比喩そのものは珍しいものではない。「有機的統一」や「有機的発展」という表現は十九世紀以来、音楽美学の中で繰り返し用いられてきた。しかしコッコネンにおいて重要なのは、有機体という完成された全体像ではなく、その有機体がいかに生成してくるかという過程そのものである。
彼は交響曲を、多数の主題が対立し統合される劇場としてではなく、ごく限られた素材が自己を変容させながら全体を形成してゆく一つの生命過程として理解した。そのため彼の関心は、「いかに新しい主題を導入するか」ではなく、「一つの素材がどのように成長し続けるか」に向けられている。
この発想を象徴するのが、コッコネン自身が用いた「原初細胞(primitive cell)」という言葉である。彼によれば、交響曲は最初に提示されたごく小さな音型から始まる。しかしその音型は、後に回想される固定的なモットーではない。それは一個の細胞のように分裂し、変形し、機能を変えながら作品全体へ浸透していく存在である。新しい素材が次々と導入されるのではなく、一つの細胞が自己を分化させることによって、音楽全体が形成されるのである。
この考え方は、コッコネンの創作全体を貫いている。初期作品から晩年に至るまで、彼は一貫して交響曲を「生命体」と呼び続けた。それは単なる比喩ではなく、音楽を組織する根本的な思考様式であった。
ここで重要なのは、この生命体が外部から設計される機械ではないという点である。設計図に従って部品を組み立てるように音楽を構築するのではなく、最初の細胞が自己の内部に潜む可能性を少しずつ顕在化させながら全体へ成長していく。その意味で交響曲は、あらかじめ完成像が与えられた建築物ではなく、時間の中で自己を形成していく存在なのである。
このような見方は、二十世紀音楽における技法史の中だけで理解すると、その本質を見失ってしまう危険がある。コッコネンはしばしば、新古典主義から十二音技法を経て自由調性へ移行した作曲家として説明される。しかし、そのような様式変遷だけでは、なぜ彼が一貫して「交響曲」を書き続けたのかを十分に説明することはできない。彼にとって交響曲とは、特定の形式や語法を指す名称ではなかった。それは、一つの生命が時間の中で自己を形成してゆく過程そのものを意味していたのである。
このことは、コッコネンを単に「シベリウス以後のフィンランド交響曲作曲家」と位置づけるだけでは見えてこない。むしろ彼は、「交響曲とは何か」という問いそのものに対して、シベリウスとは異なる仕方で応答した作曲家であった。
シベリウスもまた、有機的生成という理念を二十世紀交響曲の中で徹底した作曲家として知られている。しかしコッコネンが語る「原初細胞」は、その思想を単に継承したものではない。そこでは生成は、自然の成長を模倣する比喩ではなく、音楽そのものの存在様式として理解されている。交響曲とは、出来事を配置する形式ではない。交響曲とは、一つの生命が自己を形成してゆく時間なのである。
この視点に立つとき、コッコネンの創作史は、新古典主義・十二音技法・自由調性という様式の変遷としてではなく、一つの生命原理がさまざまな語法を吸収しながら成熟していく過程として、あらためて読み直されることになるだろう。
Ⅲ 生成する交響曲──十二音技法は何を残したのか
コッコネンの創作史は、しばしば三つの時期に区分される。新古典主義的な初期、十二音技法を積極的に取り入れた中期、そして自由調性へと至る後期である。この区分自体は、おおむね作品の音響や作曲技法の変化を的確に記述している。しかし、その変化を単純に「十二音技法からの離脱」と理解するならば、コッコネンの交響的思考の本質は見失われてしまう。
実際、彼自身は創作の連続性を繰り返し強調している。作曲技法は変化しても、交響曲を書くという行為の根本的な考え方は変わらない。むしろ、変化するのは音楽を語る語彙であり、その語彙を用いて生成される生命そのものではないのである。
このことは、第一交響曲と第二交響曲における十二音技法の受容を考えると、いっそう明らかになる。ヨーロッパでは戦後、十二音技法はしばしば歴史的必然として受け止められた。それは単なる作曲技法ではなく、調性音楽の歴史を継承しながら、それを乗り越えるための新たな秩序として理解された。しかしコッコネンは、そのようなイデオロギーを共有していたわけではない。彼は十二音技法を歴史の到達点として採用したのではなく、自らの交響的思考をより豊かに展開するための可能性として受け入れたのである。
したがって、彼の第一交響曲や第二交響曲に見られる十二音技法は、厳格な体系への服従ではない。音列は作品全体を機械的に統御する規範ではなく、原初細胞が自己を変容させるための新たな環境として機能している。
ここには、しばしば十二音技法に結びつけられる構築主義とは異なる世界が広がっている。構築主義的な発想では、作品はあらかじめ定められた規則に従って構成される。一方、コッコネンでは規則そのものが生成の過程に組み込まれ、作品の内部で新たな意味を獲得していく。技法は生命を支配するものではなく、生命が自らの成長のために利用する資源となる。
このことは、第三交響曲と第四交響曲においていっそう鮮明になる。ここでは、十二音技法は表面的には後景へ退く。音楽はより自由な調性的空間を獲得し、旋律や和声の振る舞いも以前とは大きく異なっている。しかし、そのことは創作思想の転換を意味しない。むしろ、第一・第二交響曲において獲得された構造的思考が、より自然な形で音楽全体へ浸透しているのである。この意味で、コッコネンは十二音技法を「放棄」したのではない。より正確には、それを自己の内部へ吸収したのである。
植物は成長の過程で土壌からさまざまな養分を吸収する。しかし成熟した樹木を見ても、その幹や枝の中に土壌そのものを見ることはできない。それでも、その樹木は土壌なしには現在の姿へ成長することはできなかった。
コッコネンにとって十二音技法とは、そのような養分に近い存在であったように思われる。それは創作の最終目的ではなく、自己形成のために必要な契機であった。だからこそ、後年の作品から十二音技法が表面的に後退しても、そこで獲得された構造感覚は失われない。それどころか、音楽は以前にも増して、一つの生命が内側から自己を形成していくかのような自然さを獲得していく。
ここで改めて「原初細胞」という概念を思い起こす必要がある。
細胞は、自らの最終形態をあらかじめ知っているわけではない。しかしその内部には、成長し分化し続ける可能性が潜んでいる。環境との相互作用を通じて、その可能性は少しずつ現実化され、やがて一つの生命体を形成する。コッコネンの交響曲もまた、このような時間を生きている。そこでは、作品は設計されるものではない。生成するのである。
このことは、彼が生涯にわたり交響曲というジャンルを書き続けた理由を考える上でも示唆的である。交響曲とは、形式の名称ではなく、時間の中で自己を形成していく生命の様態そのものだったのである。
したがって、コッコネンの創作史を新古典主義から自由調性への様式的変遷として理解するだけでは十分ではない。むしろそこには、一つの生成原理が異なる語法を取り込みながら自己を成熟させていく、より深い連続性が存在している。その連続性こそが、彼の交響曲を四曲にわたって貫いている最も重要な特徴なのである。
IV 植物的主体の第二の形態──生成する交響曲的主体
ここまで見てきたように、コッコネンの交響曲を特徴づけるものは、個々の技法ではない。それは「原初細胞」という発想に象徴される、一つの生命が時間の中で自己を形成してゆくという生成の論理である。
しかし、この生成を単なる作曲技法として理解するならば、その思想的射程はなお十分には捉えられない。なぜなら、コッコネンにおいて生成するのは作品だけではない。生成しているのは、交響曲そのものの主体だからである。
交響曲を主体の存在様態という観点から眺めるとき、十九世紀末から二十世紀にかけて、一つの大きな変化が見えてくる。
ブルックナーの交響曲では、主体はなお共同体や宇宙的秩序の内部に属している。そこでは音楽は、一人の個人が世界と対立し、それを統御する劇場ではない。主体はなお世界の一部であり、音楽は共同体的・典礼的時間の中で生起する。
マーラーになると、この均衡は大きく変化する。主体は世界から分離され、自らを維持するために不断の予測と回収を繰り返す。交響曲はその主体の歴史そのものとなり、対立、危機、回復、崩壊という劇的時間が作品全体を支配する。
これに対してシベリウスでは、主体は世界を支配しようとしない。音楽は劇的対立によって進行するのではなく、自然そのものが時間を形成していくかのような有機的生成によって成立する。主体は環境の外部に立つのではなく、その内部で世界の変化に応答する存在となる。
コッコネンは、このシベリウスの世界を確かに受け継いでいる。しかし、それはしばしば言われるような様式的継承ではない。両者に共通するのは、自然な響きでも、北欧的抒情でもない。交響曲とは、一つの生命が自己を形成する時間であるという根本的な世界理解である。それゆえ、コッコネンはシベリウスの延長線上に立ちながらも、その思想をさらに別の方向へ押し進めている。
シベリウスでは、主体は環境の中へと拡散してゆく。音楽は森が呼吸するように成長し、個体よりも生態系全体が一つの時間を形成する。これに対してコッコネンでは、生成はより内在的なものとなる。そこでは主体は環境へ溶け込むのではなく、一つの細胞として自己の内部から分化し続ける。
世界が音楽を成長させるのではない。生命そのものが、自らの内部に潜む可能性を時間の中で少しずつ顕在化してゆくのである。
この違いは、一見するとわずかな差異に見えるかもしれない。しかし、交響曲的主体の存在様態という観点から見れば、それは決定的である。
シベリウスにおいて主体は「環境内在的」であった。世界との境界そのものが希薄化し、主体は自然のリズムと共振しながら存在していた。これに対してコッコネンでは、主体はなお一つの個体として存在する。しかしその個体は、世界と対立する近代的主体ではない。自己保存のために世界を制御しようともせず、劇的な自己主張を行うこともない。それは植物が成長するように、自己を更新し続ける存在なのである。
もしシベリウスの主体を「環境内在的主体」と呼ぶならば、コッコネンの主体は「発生学的主体」と呼ぶことができるだろう。そこでは主体とは、完成された自己ではない。生成し続ける自己なのである。
このように考えるならば、コッコネンの創作史そのものも、新たな意味を帯びてくる。新古典主義から十二音技法へ、さらに自由調性へという変化は、様式の断絶ではない。一つの生命が成長の過程で必要な養分を吸収しながら成熟してゆく歴史なのである。だからこそ、彼は十二音技法を放棄したのではなく、それを自己の内部へ取り込み、自らの生成原理の一部として生き続けさせたのである。
この視点から見れば、コッコネンは「シベリウスの後継者」という言葉だけでは捉えきれない。むしろ彼は、シベリウスによって切り開かれた植物的主体という存在様態を、二十世紀後半においてさらに深化させた作曲家であった。
交響曲は、もはや主体が世界を語る形式ではない。また、主体が世界へ拡散していく自然過程だけでもない。交響曲とは、一つの生命が自己を形成してゆく時間そのものなのである。
コッコネンの「原初細胞」という発想は、このことを最も端的に表している。それは作曲技法ではない。交響曲的主体の存在様態そのものなのである。
この意味において、コッコネンの交響曲は、二十世紀後半における植物的主体の第二の形態を示している。それはシベリウスの思想を反復するものではなく、その内に潜んでいた生成の原理を、交響曲そのものの自己形成へと徹底した、一つの新たな到達点として理解されるべきであろう。
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