2026年10月11日日曜日

コラム(2):ブルックナー:「調性」から「状態の構造」へ

 ブルックナーの音楽を語るとき、しばしば「巨大な構築物」「長大な持続」「反復と拡大」「宗教的な時間」といった言葉が使われます。こうした特徴は、実際の音楽データの上ではどのように捉えられるのでしょうか。

これまでの五度圏上のピッチクラス重心分析では、ブルックナーの作品について、調性空間の広がりや重心の移動量、調性的集中度、和声的な多様性などを測定してきました。その結果からは、ブルックナーが単純に「調性が安定した作曲家」なのではなく、比較的広い調性的空間の中を動きながら、しかし一定の独特なまとまりを維持していることが見えてきました。

今回、分析指標を拡張しました。すると、ブルックナーの音楽について、これまでとは少し違った問いが立てられるようになったのです。

ブルックナーの音楽が単にどちらに向かって進むかだけではなく、どのような「状態」を作り、その状態にどのように留まり、そこからどのように別の状態へ移るのか。

この視点から見ると、ブルックナーの音楽には、単なる「調性の運動」では説明しきれない構造が浮かび上がってくるように思えます。


1.「移動する音楽」から「状態を形成する音楽」へ

従来の分析では、五度圏上の重心がどれほど遠くにあるか、隣り合う時点の間でどれほど移動するか、といった指標が中心でした。これは音楽の「運動性」を見るには非常に有効です。しかし、例えば次の二つの音楽があったとしましょう。

  • 常に少しずつ動き続ける音楽

  • ある場所の周辺を動きながら、何度も同じ領域へ戻ってくる音楽

両者は平均的な移動距離だけでは区別しにくいでしょう。

そこで今回の拡張分析では、

  • どの方向へ進みやすいのか

  • どの状態に長く滞在するのか

  • 同じ状態へどれほど戻るのか

  • いくつの状態が主要な「吸引点」になっているのか

  • その状態が一点にまとまっているのか、それとも複数方向へ広がっているのか

  • 三和音的な構造にどの程度集中しているのか

  • 五度圏の中心付近に、どのようなピッチクラス集合が現れるのか

といった性質を調べました。ここで重要なのは、これらを別々の「新しい尺度」として追加しただけではないことです。これらを組み合わせることで、音楽を

位置 → 移動 → 滞在 → 回帰 → 状態間遷移

という時間的な構造として見ることができるようになったと考えます。これは、従来の「調性分析」を捨てるということではありません。むしろ、調性空間の中で音楽がどのような動的状態を形成しているのかを、その上に重ねて見ることになると考えます。


2.ブルックナーでは「方向」だけではなく「滞在」が重要になる

今回のブルックナー分析で特に注目されるのは、音楽の動きが単純な直線的進行として理解しにくいことです。ブルックナーの音楽には、長い時間をかけて一つの領域を形成し、その内部で変化しながら、やがて別の領域へ移るような時間構造があります。これは、ソナタ形式における「主調から属調へ進む」といった古典的な調性モデルとは少し違うのではないでしょうか。

もちろん、ブルックナーにも調性的な方向性は存在します。しかし、分析を拡張すると、それと同じくらい重要なのが、ある状態を形成し、その状態の内部に長く留まることであることが見えてくるおように思えます。

つまりブルックナーの時間は、

「AからBへ進む」

という一本の線としてよりも、

「Aという状態を形成する
→ Aの内部で変化する
→ Aから離れる
→ 別の状態Bを形成する
→ 必要に応じて以前の領域へ戻る」

という構造として理解した方が適切なのではないでしょうか。この「滞在」は、単なる反復とは違います。同じ和音が繰り返されるという意味ではなく、音楽が一定の状態空間を維持しているという意味です。


3.「吸引点」が一つではない

今回導入した指標の一つに、音楽の中でどれだけ多くの「主要な状態」が形成されているかを見るものがあります。もちろん、ここでいう「吸引点」は物理的な意味での力学的なアトラクターそのものではありません。五度圏上の重心の時間系列において、繰り返し現れたり、一定の時間滞在を生じさせたりする代表的な領域を、分析上の「状態の中心」として捉えたものです。

ブルックナーでは、このような状態が一つだけ存在するわけではありません。むしろ、複数の状態が形成され、それらの間を音楽が移動していく。ここから重要な特徴が見えてきます。ブルックナーの音楽は、一つの中心へ収束する音楽でも、無制限に拡散していく音楽でもありません。

複数の安定的な領域を形成しながら、その間を行き来する。これは、ブルックナーの巨大な形式を考えるうえで非常に興味深いと思います。なぜなら、長大な形式を「一つの大きな方向への進行」として理解するのではなく、複数の状態を形成し、それらを長い時間スケールで関係づける構造として捉え直すことができるからです。


4.ここで「主体」という考え方が出てくる

では、なぜこれが「音楽的主体」の問題になるのでしょうか。主体とは、単に「主人公」のことではありません。今回の研究でいう主体とは、より一般的に、自分が置かれている環境との関係を維持しながら、ある状態を形成し、その状態から別の状態へ移る存在として考えています。

この定義に立つと、ブルックナーの音楽は非常に独特です。ブルックナーの音楽には、マーラーのような強い自己告白的な身振りが必ずしも前面に出てきません。しかし、それは「主体が存在しない」ということではありません。そこでは主体と環境との境界そのものが明確ではないのです。音楽は環境の中に深く浸透しています。ある調的領域が単なる「背景」なのではなく、その領域そのものが音楽の時間を形成するのです。主体が環境の外側に立って環境を操作するというより、環境の中に浸透し、その環境とともに一つの動的状態を形成していると捉えることができそうです。

この特徴を、今回の分析では以前よりも明確に捉えられるようになりました。


5.「前主体的」という仮説

ここから先は、データそのものから直接導かれる結論ではなく、理論的な解釈です。ブルックナーの音楽的主体を、仮に「前主体的な動的システム」と呼んでみたいと思います。

これは「主体になる前だから未熟」という意味ではありません。また、「ブルックナーには主体性がない」という意味でもありません。むしろ、現代的な意味での「自律した個体」としての主体が成立する以前のような、環境との境界がまだ十分に分離されていない状態を指しています。

そのため、ブルックナーの音楽では、

  • 主体が環境を眺める

  • 主体が環境を支配する

  • 主体が環境に対して自己を主張する

という関係よりも、

  • 環境の中に主体が埋め込まれる

  • 主体と環境が同じ状態を形成する

  • 状態そのものが長い時間をかけて変化する

という関係が重要になります。

この意味で、ブルックナーの音楽は「主体の音楽」というより、主体が成立する以前の、主体と環境との動的な連続性を聴かせる音楽として理解できる可能性があると思います。


6.新指標が見せた「ブルックナーらしさ」

ここで重要なのは、こうした解釈を単一の指標から導いてはいけないということです。

今回の拡張分析では、

  • 方向集中

  • 滞在比率

  • 滞在エントロピー

  • 状態の数

  • 回帰確率

  • 軌道の異方性

  • 三和音への集中

  • ピッチクラス集合構造

など、異なる側面からブルックナーの調的時間構造を見ています。

これらは、それぞれ別のものを測定しています。しかし、その組み合わせによって、従来の「重心がどれだけ動いたか」だけでは捉えにくかった、「ブルックナーはどのような状態を形成し、その状態をどのように維持しているのか」という問いが立てられるようになりました。

ここに今回の拡張分析の意義があると考えます。


7.MIDIデータ作成方針の違いがもたらす分析結果へのバイアス

今回のブルックナー分析では、データそのものについても追加で検証を行いました。特に交響曲第1番については、現在利用できる唯一のMIDIデータが他の主要作品のMIIDデータとは異なる系列に属しており、かつ、その系列に共通したデータ作成の方針ないしクセにより、今回の分析には適さない傾向を示すことが確認できました。一方で第1番は、従来の指標でも、今回の新指標でも比較的特徴的な位置を示していましたが、結果的には、「第1番はブルックナー初期の特殊な状態を示している」と即断することはできないと判断し、報告からは除外することにしました。なぜなら、第1番については、直接比較できる他のデータが存在せず、利用可能な唯一の版の分析結果には作品そのものの特徴と使用したMIDIデータの特徴の両方が含まれている可能性があるからです。

一方、第4番や第8番については別ソースとの比較を行ったところ、旧指標・新指標ともに比較的高い再現性が確認できました。つまり、「ある版以外はすべて排除する」という単純なルールではなく、実際にデータを比較し、作品の構造が再現されるかを確認するという方法を採用しました。この点は今回の研究全体にとって重要な方法論的改善と考えます。


8.それでも、ブルックナーの大きな特徴は残る

第1番を主要な時系列から除外しても、ブルックナー後期に見られる特徴が消えるわけではありません。むしろ、後期作品における調的状態の形成、滞在、回帰、状態間の移動という構造は、独立した複数の作品から確認できるようです。

したがって今回重要なのは、「第1番が特殊だった」ということではありません。より重要なのは、第1番の扱いを慎重にした上でも、ブルックナーの音楽を「複数の状態を形成し、それらの間で長い時間スケールの運動を行うシステム」として捉えることができるという点であると考えます。


9.ブルックナーから「調性力学」へ

今回の分析によって、五度圏重心分析は少し違う段階へ進んだと考えます。

最初の問いは、「音楽の重心はどこにあるのか?」でした。次に、「重心はどのくらい動くのか?」という問いが加わりました。そして今回、「音楽はどのような状態を形成し、そこにどのくらい留まり、どのように別の状態へ移るのか?」という問いが加わったことになります。

これは、単なる指標の追加ではありません。音楽を「位置の集合」ではなく、時間の中で状態を形成する動的システムとして見るための拡張です。そして、この視点から見ると、ブルックナーの音楽は非常に興味深いように思います。

彼の音楽では、主体が環境から離れて自分自身を確立するというより、環境そのものの中に深く入り込み、環境とともに自己の状態を形成していきます。その意味でブルックナーは、マーラーとはかなり異なる「音楽的主体」の存在様式を示している可能性があります。


10.次の問い――では、環境そのものとして音楽を作るとどうなるのか

ブルックナーを「前主体的・環境内在型」の極として見るなら、次に比較すべきなのはシベリウスでしょう。シベリウスもまた、強い自己告白や物語的自己主張よりも、音楽と環境との関係を前面に押し出す作曲家として捉えることができるからです。

しかし、両者は同じではありません。ブルックナーでは、主体と環境の境界そのものが曖昧になっていきます。一方、シベリウスでは、環境との相互作用から主体そのものが生成していくように見えます。さらに今回、交響曲だけではなく、より広い作品群へ分析対象を拡張することで、その特徴が本当に「交響曲に限ったものなのか」という問題も検証できるようになりました。

ブルックナーが「環境の中にいる主体」だとすれば、シベリウスは「環境との相互作用から生まれる主体」なのではないか。次回は、この問題をシベリウスの作品群全体へ広げて考えてみたいと思います。

(2026.10.11 公開)


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