2026年10月12日月曜日

ショートノート(11):ラヴェル(3)――骨格は持続し、内容だけが非三和音化する

本稿は、ラヴェルに関するこれまでの速報(《ボレロ》という外れ値の報告、《ボレロ》除外後の《パヴァーヌ》の孤立)とは独立に、ラヴェルを他の作曲家と横断的に比較した結果を報告するものである。先の2本が、ラヴェル15曲というコーパスの内部構造(外れ値がどれで、どう扱うか)を扱ったのに対し、本稿は視点を変え、「他の作曲家との対比で見たとき、ラヴェルの音楽は何によって特徴づけられるか」という問いに答える。


1.出発点――内部に時系列もジャンル差も見出せなかった

《ボレロ》《パヴァーヌ》を除いた13曲について、作曲年との順位相関を確認したが、旧PCA・拡張PCAのどちらの軸でも有意な相関はなかった(最大でも|ρ|=0.43、p=0.15)。室内楽・管弦楽・協奏的作品というジャンル区分による群間差も見出せなかった。すなわち、ラヴェルの作品群の多様性は、年代的な発展としても、ジャンルによる区分としても説明できない。

この否定的な結果は、問いの立て方を変えることを促す。ラヴェルの個性は、作品群の内部構造(どの曲とどの曲が近いか)にではなく、他の作曲家との対比のなかで初めて明確になる性質なのではないか。 本稿はこの観点から、55楽章コーパス(ハイドン〜ペッテションの8作曲家)およびフランク(大作18曲)にラヴェル15曲を加えた全10作曲家を横断して比較する。


2.f5優勢率とExact_Triadic_Ratio――対角線上の位置

作曲家ごとに、(a) Dominant_Modeがf5となる楽章の割合、(b) Exact_Triadic_Ratioの平均値、を算出した。

作曲家

n

f5優勢率

平均ETR

Mozart

4

0.750

0.527

Haydn

8

0.500

0.523

Franck

18

0.500

0.470

Bruckner

8

0.750

0.467

Brahms

4

0.000

0.446

Shostakovich

2

0.500

0.365

Mahler

11

0.818

0.332

Sibelius

7

0.571

0.310

Ravel

15

0.800

0.248

Pettersson

11

0.091

0.135

作曲家横断比較図

作曲家横断比較図

図1. 全10作曲家のf5優勢率とExact_Triadic_Ratio平均値。

ラヴェルは、f5優勢率(0.800)がMahler(0.818)に次いで全作曲家中2位という、きわめて高い水準にありながら、Exact_Triadic_Ratio平均(0.248)はPettersson(0.135)に次いで全作曲家中最低である。

この組み合わせは、図1が示す通り、他のどの作曲家とも異なる位置を占める。多くの作曲家は、f5優勢率とETRが同じ方向に動く(Mozart・Haydn・Franck・Brucknerのように両方高いか、Petterssonのように両方低いか)。これに対しラヴェルは、f5優勢率は最高水準、ETRは最低水準という、両者が逆方向に引っ張り合う位置にある。


3.Petterssonとの対角線上の対比

この対比は、「損傷した主体」として記述したPetterssonとの比較によって、意味がより明確になる。

Petterssonの後期作品は、五度圏構造そのものからの離脱(f5優勢率0.091)と、三和音性の崩壊(ETR平均0.135)という両輪によって、調的求心力を失っていく。f5が後退し、同時に三和音という内容も失われる。構造と内容が、同じ方向へ、同時に崩れていく。

ラヴェルは、この同じ2軸のうえで、正反対の非対称性を示す。五度圏構造(f5)はほとんど誰よりも強く保持されている。にもかかわらず、その構造の中身を満たす三和音という単位は、ほぼPetterssonに匹敵する水準まで手放されている。構造は持続し、内容だけが非三和音化する。

この対比は、Fourier_ConcentrationやOrigin_PCSet_Ratioといった補助的な指標でも裏付けられる。Fourier_Concentration平均はラヴェル0.022・Pettersson0.010であり、両者とも中位の作曲家群(0.025〜0.036)より低いが、ラヴェルの方が明確に高い。すなわちラヴェルでは、f5が「際立って強く勝つ」わけではないが、「安定して勝ち続ける」。これは、Petterssonのように複数の弱い求心力が拮抗する状態(本研究で既に報告した「f5からf3・f4への移行ではなく、複数の弱い求心力の並立」)とは異なり、一つの明確な勝者(f5)のもとで、内容だけが入れ替わるという状態である。


4.一つの定式化としてのラヴェル

本研究では既に、以下の定式化を提示してきた。

  • マーラー:「構造は持続し、力学だけが極端化する」(f5は持続するが、Avg_Step・Texture_Volatilityという時間的運用が後期に向けて極端化する)

  • Pettersson:「構造と内容が、同時に崩れていく」(f5の後退と三和音性の崩壊が両輪で進行する)

ラヴェルはこれらと並ぶ、第三の型として記述できる。

ラヴェルにおいては、五度圏という構造原理そのものはほとんど動かない。動くのは、その構造を満たす内容――三和音的か否かという、縦の響きの性格――である。

これは、1節で確認した「ラヴェルの作品群には時系列もジャンル差も見出せない」という否定的な結果とも整合する。もし構造(どの周期原理が支配するか)そのものが作品ごとに入れ替わるなら、その入れ替わりを説明する変数(年代やジャンル)を探す意味があっただろう。しかし構造はほぼ一定であり、作品ごとに変わるのは、その上に何を置くかという内容の水準である。この水準の多様性は、年代的発展にもジャンルの違いにも還元されない、作品ごとに個別に構成される性質なのかもしれない。


5.呼称についての覚書

この特徴を何と呼ぶかは、今後の検討課題として開いておきたいが、候補として次のような言い方が考えられる。

  • 骨格保持・充填可変型

  • 構造は持続し、内容だけが非三和音化する主体(マーラーの定式と対になる言い方)

  • 同じ構造原理のうえに、非三和音的な内容を精密に充填する主体

いずれも、「旋法性」のようにDFTデータで直接裏付けられない語を避け、f5優勢率とExact_Triadic_Ratioという、実際に測定された2つの指標の組み合わせに直接対応する形を取っている。


6.小結

  1. ラヴェル15曲の内部には、時系列的にもジャンル的にも、作品群を整理する軸が見出せなかった。

  2. 全10作曲家を横断して比較すると、ラヴェルはf5優勢率が全作曲家中2位(0.800)、Exact_Triadic_Ratio平均が全作曲家中最下位から2番目(0.248)という、他のどの作曲家とも異なる組み合わせを示す。

  3. この組み合わせは、構造(f5)と内容(三和音性)が両輪で崩れていくPettersson(「損傷した主体」)とは対角線上の対比をなす。ラヴェルでは、構造は持続し、内容だけが非三和音化する。

  4. この定式化は、マーラー・Petterssonに続く第三の型として、本研究の主体類型論に位置づけられる。

(2026.10.12 公開)

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