本稿は、ラヴェルの作品群15曲(信頼性検討のうえ各曲1種に絞ったMIDIデータ)を対象とする、本コーパスにおける初めての報告である。フランクと同様、既刊モノグラフを持たないため、本稿は新たに得られた知見の報告となる。
1.《ボレロ》は、旧PCA・拡張PCAのどちらでも最大の外れ値である
ラヴェル15曲について旧9指標PCA・拡張8指標PCAをそれぞれ実行した結果、《ボレロ》は両方の軸で、他のどの作品とも隔絶した外れ値となった。

ラヴェルPCA図
図1. 左:旧9指標PCA。右:拡張8指標PCA。《ボレロ》(赤)と《パヴァーヌ》(橙)を強調した。
旧PCA第1主成分で見ると、《ボレロ》は2番手の《パヴァーヌ》から2.5離れており、15曲中の他の分布(−0.9〜+2.3の範囲に収まる)とは比較にならない位置にある。拡張PCA第1主成分でも同様に、《ボレロ》は2番手の《パヴァーヌ》から2.8離れた、唯一の負の外れ値である。
2.これは測定上の偶然ではなく、《ボレロ》という作品の性格そのものである
《ボレロ》の個別指標を確認すると、この外れ値としての位置づけがきわめて具体的な音楽的事実に対応していることが分かる。
特にAttractor_Number=1という値は、単なる相対的な低さではない。これは指標が取りうる最小値そのものであり、「楽曲を通じて実質的に一つの調的領域しか訪れない」ことを意味する。《ボレロ》が、同一の旋律・同一の和声进行を、楽器を変えながら延々と反復し、終結直前に至るまで実質的な転調を行わないという、作品そのものの構造的事実と、この定量的結果は完全に対応している。
この結果は、本研究の方法論にとって重要な検証でもある。 五度圏重心分析とその拡張指標群は、ここまで交響曲というジャンルの範囲内で開発・検証されてきた。ジャンルも書法も大きく異なる作品(単一の主題を延々反復する、きわめて特異な構造を持つ管弦楽曲)に対して適用した結果が、既知の音楽的事実(反復構造・単一調性への固着)と寸分違わず対応したことは、指標群がこの作品固有の構造を正しく定量化していることの、強い独立した裏付けとなる。
2番手の《パヴァーヌ》(Rbar_full=0.700)も、静的で緩やかな、変化の少ない様式で知られる作品であり、同じ方向で妥当な結果と言える。
3.《ボレロ》を除いた場合の構造
《ボレロ》という極端な外れ値の存在は、残り14曲の内部構造を覆い隠す可能性がある。《ボレロ》・《パヴァーヌ》を除いた13曲に限ると、旧PCA・拡張PCAともに、《ヴァイオリンとチェロのためのデュオ・ソナタ》・《ヴァイオリンソナタ》・《ラ・ヴァルス》・《高雅で感傷的なワルツ》といった、後期〜中期の室内楽・管弦楽作品が「分散・複雑」側に位置する(図1)。これらの作品群の内部構造については、Fourier_Concentration・Dominant_Mode等を含めたさらなる検討が必要であり、今後の課題とする。
4.小結
《ボレロ》は、旧PCA・拡張PCAのいずれにおいても、ラヴェル15曲中で隔絶した外れ値である。
この外れ値性は、Attractor_Number=1(指標の最小値そのもの)という形で、《ボレロ》が実質的に単一の調的領域から動かないという、作品の周知の構造的性格と完全に対応する。
この対応は、ジャンルを交響曲から大きく広げた場合でも、本研究の指標群が妥当な測定を与えることの、独立した検証として機能する。
本稿はラヴェルに関する初回報告であり、《ボレロ》を除いた作品群の内部構造の検討は今後の課題とする。
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