2026年10月8日木曜日

新指標が示す作曲家間構造――拡張指標単独PCAとPC集合DFTによる速報①

 本稿は、55楽章コーパスに対する拡張指標(方向性・滞留構造・PC集合構造)単独PCA、およびPC集合DFTの分析から得られた知見のうち、作曲家間比較(全体)に関わる部分を速報としてまとめるものである。個別作曲家(ブルックナー・シベリウス・ペッテション・マーラー)の詳細な時系列分析は、各モノグラフおよび今後の続報に譲る。


1.新指標だけで見ると、何が見えるか

旧9指標によるPCA、および旧9指標+新4代表指標による13変数統合PCAは、いずれも作曲家間の布置について、互いにきわめて近い構造を与える(PC1同士の相関 r=0.990、PC2同士 r=0.974)。すなわち、新指標を追加しても、作曲家間比較という観点からは旧指標が与える構造を大きくは書き換えない。

これに対し、方向性・滞留構造・PC集合構造に関わる新指標だけ(Anisotropy_Ratio、Peripheral_Circular_Concentration、Rbar_full、Residence_Entropy、Attractor_Number、Dominant_Residence_Ratio、Origin_PCSet_Ratio、Exact_Triadic_Ratioの8変数)でPCAを組み直すと、旧指標とは別の切り口から、作曲家間の分離構造が独立に確認できる。本稿ではこれを「新8指標PCA」と呼ぶ。

重要なのは、このPCAが何を測っているかである。新8指標PCAは調性の凝集度そのもの(Avg_r等)を含まない。したがって、ここで観察される分離は、「調性が強いか弱いか」という旧来の尺度とは独立に、方向性・滞留の仕方・PC集合の対称性という、より限定された幾何学的性質だけから作曲家が分離することを意味する。


2.「構造」と「力学」は別の時間軸で動く

拡張指標とDFTを導入する以前は、旧9指標PCAが示す「調性の凝集⇔崩壊」という一本の軸が、作曲家の変容を記述する唯一の座標であるかのように扱われてきた。しかし、DFT(PC集合の周期構造)と拡張指標(五度圏上の力学)を分けて見ると、創作年代とともに実際に動く層は、作曲家ごとに異なることが分かる。

作曲家

番号順に変化する層

持続する層

ブルックナー

方向性・滞留クラスタ(Rbar_full・Dominant_Residence_Ratio・Attractor_Number・Residence_Entropy・Return_Probability_Dominantの5指標が同期して変化)

f5系の周期構造

マーラー

時間的運用(Avg_Step、Texture_Volatility)

f5(作品全体)

ペッテション

周期構造そのもの(f5→f3→f4)、中心性・三和音性

―

この違いを、単に「各モノグラフでそう論じた」というだけでなく、同一の検定手続きを3作曲家に横断適用した結果として示したのが下図である。

作曲家×指標の番号相関ヒートマップ

作曲家×指標の番号相関ヒートマップ

図1. マーラー(n=11)・ブルックナー(n=8)・ペッテション(n=11)について、9つの拡張指標それぞれと交響曲番号とのSpearman順位相関を示す。*は p<0.05(n=8〜11・多重比較未補正)。

ブルックナーの列だけが、5つのセル(Return_Probability_Dominant、Dominant_Residence_Ratio、Rbar_full、Attractor_Number、Residence_Entropyのいずれも)で有意な相関を示し、しかもそれらは「集中・回帰系が低下する」「多滞留系が上昇する」という、互いに裏表の関係にある2方向へ整然と分かれる。これに対しマーラーで有意なのはAvg_rとExact_Triadic_Ratioの2指標(いずれも中心性・三和音性の層)、ペッテションで有意なのはAttractor_Number1指標にとどまる。

すなわち、ブルックナーに固有なのは「方向性・滞留という1つの層が複数指標にわたって同期して動く」という広がりそのものであり、これはマーラー・ペッテションのどちらにも見られない。この非対称性は、n=8〜11・検定数未補正という制約のもとでの傾向として読む必要があるが、3作曲家に同一手続きを適用した結果である以上、単一モノグラフ内の記述よりも一段頑健な比較の基盤を与える。


3.新8指標PCAが示す作曲家間の分離構造

3.1 PC1とPC2は異なる役割を担う

新8指標PCAでは、PC1とPC2が測っているものの性格が明確に異なる。分散分解によってこれを確認する。


PC1

PC2

作曲家間分散/全分散(η²相当)

0.78

0.25

作曲家間分散/作曲家内分散

3.53

0.33

PC1は全分散の78%が「作曲家」という要因だけで説明される。すなわちPC1は、ほぼそのまま作曲家間の重心差を表す軸である。一方PC2は、作曲家間で説明されるのはわずか25%にとどまり、残り75%は作曲家内部の広がりである。言い換えれば、PC2が表しているのは「どの作曲家か」ではなく「同じ作曲家の作品群が、自身の重心からどの方向へ・どれだけ広がっているか」という、個々の作曲家に固有の分散の形である。

8変数PCAのパネル図

8変数PCAのパネル図

図2. 新8指標PCA。左:PC1を作曲家別に並べたストリップ図(太線は作曲家平均)。右:PC1×PC2散布図に作曲家別の分散楕円(1.5σ)を重ねたもの。

3.2 PC1が与える布置

作曲家別のPC1平均は、Haydn −3.72、Mozart −3.03、Sibelius −0.65、Brahms +0.28、Mahler +0.80、Bruckner +1.19、Pettersson +2.05、Shostakovich +2.19の順に並ぶ。この並びには、一様ではない明確な切れ目がある。

  • 最大のギャップ(2.38)はMozart→Sibelius間にあり、Haydn・Mozartの古典派ペアが他の全作曲家から明確に分離する。

  • もう一つの顕著な近接は、Pettersson・Shostakovich間(ギャップわずか0.14)であり、この2人はほぼ重なる位置にある。

  • 中間部(Sibelius〜Bruckner、−0.65〜+1.19)は比較的連続的で明瞭な下位区分は立てにくいが、Sibelius・Brahms間(0.93)とBruckner・Pettersson間(0.86)には相対的に大きめのギャップがある。

したがって、緩やかな区分として {Haydn, Mozart} / {Sibelius} / {Brahms, Mahler, Bruckner} / {Pettersson, Shostakovich}(あるいはSibeliusをBrahms側に含めた区分)を読み取ることができる。重要なのは、この分離が旧9指標PCAとは独立した指標群——調性の凝集度そのものを含まない、方向性・滞留・PC集合構造だけの指標群——から得られている点である。

3.3 PC2が与える作曲家内の広がり

PC1標準偏差/PC2標準偏差の比を見ると、Bruckner(2.39)・Pettersson(2.35)・Haydn(2.01)・Mahler(1.77)・Brahms(1.63)はいずれも横長(PC1方向に広がる楕円)である。これに対しSibeliusだけが例外的に縦長(0.50、PC2方向に広がる)である(図2右)。

PC2はOrigin_PCSet_Ratioがほぼ単独で規定する軸である(4節参照)。これは、応用編レポートが既に指摘していた「シベリウスのOrigin_PCSet_Ratioの分散が作曲家中突出して広い(0.005〜0.168)」という知見と、独立した経路(8変数PCAの分散分解)から一致する。

3.4 まとめ

新8指標PCAのPC1は、作曲家間の存在様態の違いを、旧9・13変数PCAとは別の指標群から独立に再確認する発見である。PC2はその裏面として、「各作曲家の作品群が内部でどれだけ・どの方向に広がるか」を示す、性格の異なる軸である。両者を同じ「主成分」として一括りに語らず、分散分解によって役割を区別することが、この8変数PCAを正しく読むための前提になる。


4.原点は単一の和音ではない――Origin_PCSetは「無調性」の指標ではない

3.3節で触れたOrigin_PCSet_Ratioについて、その内実を一つ補足しておく必要がある。この指標は、「調性中心の弱さ」を測る別の尺度ではない。5指標PCAでは、Origin_PCSet_Ratioは三和音性(Exact_Triadic_Ratio等)とは別の主成分軸を形成し(相関はr=−0.167ときわめて弱い)、13変数統合PCAでは、両者を統合してもなお独立した第3軸(PC3)として現れる。原点への着地と、三和音からの遠さは、同じ現象の二つの呼び名ではなく、別々に動く2つの構造である。

さらに、原点に着地する際に実際にどの対称的PC集合が使われているかを見ると、「原点」という場所は単一の和音ではなく、複数の対称性クラスから構成される階層的な構造であることが分かる。最頻出となる対称集合の型で55楽章を分類すると、減七和音型が42楽章、増三和音型が8楽章、全音音階型が1楽章(《タピオラ》のみ)、その他が4楽章である。

Origin_PCSetの構成

Origin_PCSetの構成

図3. 左:作曲家別の最頻出origin PC集合の型(単一集合の型による分類)。右:Origin_PCSet_Ratioの作曲家別分布(点の色は当該楽章の最頻出型)。

減七和音型への収束は、特定の移調への収束ではなく、構造そのものへの収束である。たとえばペッテション第13番では、単一の具体的な減七和音{D,F,A♭,H}だけを見れば原点着地の36.9%にとどまるが、同一の回転同値類に属する他の2つの移調を合わせると62.1%に達する。すなわち「減七和音という音高の集合」ではなく「減七和音という構造」へ収束していることになる。

図3右でOrigin_PCSet_Ratioの分布を見ると、Sibeliusの分散が他のどの作曲家よりも広く(0.005〜0.168)、かつ《タピオラ》の全音音階型はコーパス全体でも唯一の事例であることが視覚的に確認できる。一方でペッテションは、後期作品を中心にOrigin_PCSet_Ratioが相対的に高い側に分布するが、その型はほぼ一貫して減七和音型である。同じ「原点への着地」という現象でも、作曲家によってその内実(単一の構造への収束か、複数の構造にまたがる分散か)が異なることが、この指標の正しい読み方である。


5.小結

以上の結果は、次の3点に要約できる。

  1. 構造と力学は別の時間軸で動く。何が創作年代とともに変化するかは作曲家ごとに異なり、ブルックナーでは方向性・滞留系の5指標が同期して動く一方、f5系の周期構造は持続する。この非対称性は、3作曲家への同一手続きの適用によって裏付けられる。

  2. 新8指標PCAのPC1・PC2は異なる役割を担う。PC1(分散の78%が作曲家間)は作曲家間の存在様態を、PC2(分散の75%が作曲家内)は各作曲家に固有の作品群の広がり方を表す。SibeliusだけがPC2方向に縦長という、他の7作曲家と異なる形を示す。

  3. Origin_PCSetは「無調性」の指標ではない。それは三和音性とは独立した構造軸であり、かつ単一の和音ではなく、減七・増三・全音音階という複数の対称性クラスからなる階層的構造である。

続報では、これらの力学的・構造的な作曲家間比較から焦点を移し、PC集合そのものの周期構造(DFT)が作曲家間でどう異なるかを見る。


(2026.10.8 公開)


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