2026年10月16日金曜日

シベリウスの調性力学――五度圏重心・拡張指標・PC集合DFTからみた「環境のなかで形成する主体」仮説

 

はじめに――明確な類型ではなく、一つの仮説として

本稿では、シベリウスの7作品を対象として、五度圏上のピッチクラス重心分析、方向性・滞在構造・PC集合構造に関する拡張指標、およびPC集合DFTの結果を組み合わせ、シベリウスの音楽的主体の存在様式について仮説的に検討する。

対象は、

  • 交響曲第2番第1楽章

  • 交響曲第3番第1楽章

  • 交響曲第5番第3楽章

  • 交響曲第6番第1楽章

  • 交響曲第6番第4楽章

  • 交響曲第7番

  • 《タピオラ》

である。

ただし、本稿の結論はマーラーやペッテションの場合ほど明確なものではない。特に交響曲第1番第4楽章、交響曲第4番第1楽章、交響曲第5番第1楽章などが現在の比較対象に含まれていない。このため、本稿で提示する「シベリウス的主体」は、確定的な類型ではなく、現時点のデータから導かれる仮説として位置づける。

本稿の暫定的な中心命題は次のように表現できる。

シベリウスの音楽的主体は、一つの中心や単一の生成原理を強く固定して世界を組織する主体というより、環境のなかで局所的な組織化を形成しながら、異なるPC集合構造と調性空間を生態的に通過していく主体なのではないか。

ここで「生態的」という語は、心理学的な性格づけや伝記的説明を意味しない。むしろ、中心の固定、方向性、PC集合構造、周期性などの関係から、主体と環境との境界が比較的低い状態で局所的秩序が形成される可能性を指す。

なお、本稿で用いる「方向性」には複数の意味を混同しない必要がある。五度圏の原点から特定方向への集中はRbar_full、局所的な重心点群の細長さ/円形性はAnisotropy_Ratioで記述される。後者はλ₂/λ₁で定義されるため、値が0に近いほど異方的、1に近いほど等方的であり、「高いAnisotropy_Ratio=高い方向性」とはならない。


1.シベリウス分析の特徴と限界

1.1 現在のデータは「広い分布」を示す

シベリウスについてまず目立つのは、作品間の状態が広く分布していることである。

しかし、この広がりを単純に「調性が不安定」「統一性がない」と解釈するのは適切ではない。

新しいPC集合構造PCAでは、7作品がかなり異なる位置を取る。

特に重要なのは、旧9指標PCAでは非常に近かった交響曲第2番第1楽章と交響曲第7番が、新しいPC集合構造PCAでは大きく分離することである。

これは、

調性力学的には似ている状態でも、それを支えているPC集合の生成原理は異なり得る

ことを示す。

シベリウスの「広い分布」は、単なるばらつきではなく、異なる組織化原理が異なる調性状態と結びついている可能性がある。

1.2 分析対象の欠落

現在の対象には交響曲第4番第1楽章、交響曲第5番第1楽章などが含まれていない。

特に第4番第1楽章は、シベリウスの調性組織を考えるうえで重要な検証対象となる可能性がある。

したがって、本稿では「シベリウス全体の発展」を断定しない。

現在の7作品は、シベリウスの多様な状態を観察するための部分的な観測窓である。


2.旧指標PCAと新PC集合PCA――「似ているのに違う」

シベリウスについて最も興味深い結果の一つは、交響曲第2番と第7番の関係である。

旧9指標PCAでは、

  • 第2番第1楽章:PC1 −0.362、PC2 −0.814

  • 第7番:PC1 −0.397、PC2 −0.812

とほぼ同じ位置にある。

ところが、新しい5変数によるPC集合構造PCAでは、

  • 第2番第1楽章:PC1 −0.116、PC2 +4.176

  • 第7番:PC1 −1.295、PC2 −1.181

と大きく離れる。

新PCAは、

  • Exact_Triadic_Ratio

  • Triadic_Neighborhood_Ratio

  • Triadic_Nearest_Distance_Mean

  • Dominant_Peak_Ratio

  • Origin_PCSet_Ratio

を標準化して分析したものである。

この差は非常に重要である。

第2番と第7番は、五度圏上の調性力学だけを見ると似た状態に見える。しかし、PC集合構造を見ると、両者は異なる組織原理を持つ。

したがってシベリウスについては、

「同じように聞こえる」ことと、「同じ仕組みで組織されている」ことを分けて考える必要がある。

という方法論的示唆が得られる。



3.交響曲第2番――高い構造的集中を持つシベリウス

第2番第1楽章では、

  • Avg_r ≈ 0.459

  • Tonal_Focus ≈ 0.188

  • Harmonic_Coverage ≈ 0.742

  • Anisotropy_Ratio ≈ 0.698(λ₂/λ₁:局所点群は比較的等方的)

  • Exact_Triadic_Ratio ≈ 0.424

  • Triadic_Neighborhood_Ratio ≈ 0.464

  • Origin_PCSet_Ratio ≈ 0.168

  • f4 ≈ 0.604

  • f5 ≈ 0.459

  • Fourier Concentration ≈ 0.045

である。

特にFourier Concentrationが7作品中で高く、f4も明瞭に優勢である。

また、Origin_PCSet_Ratioも比較的高い。

したがって第2番は、シベリウスのなかでも比較的強い構造的集中を持つ作品として現れる。

ここから「ロマン派的」「民族的」といった様式ラベルを直接導く必要はない。

むしろ、

比較的強い中心性とPC集合構造の集中を持つ一つの組織化状態

として記述する方が、本研究の方法論に適している。


4.交響曲第7番――中心を持ちながら構造は分散する

第7番は第2番と対照的である。

  • Avg_r ≈ 0.499

  • Tonal_Focus ≈ 0.113

  • Harmonic_Coverage ≈ 0.824

  • Anisotropy_Ratio ≈ 0.590(λ₂/λ₁:第2番より細長い局所点群)

  • Exact_Triadic_Ratio ≈ 0.184

  • Triadic_Neighborhood_Ratio ≈ 0.318

  • Origin_PCSet_Ratio ≈ 0.016

  • f4 ≈ 0.431

  • f5 ≈ 0.499

  • Fourier Concentration ≈ 0.0128

平均中心距離は第2番と大きく異ならない。

しかし、三和音性は大きく低下し、Origin_PCSet_Ratioもほぼゼロに近い。

さらにFourier Concentrationは第2番の約4分の1である。

したがって第7番は、

中心を完全に失った作品ではないが、単一のPC集合構造へ強く集中する作品でもない。

という特徴を持つ。

これはシベリウスについて重要な可能性を示す。

すなわち、中心性と構造的集中性は同じものではなく、主体は中心を保持しながら、複数の局所的組織化を許容できる。

この意味で第7番は、シベリウスの「生態的主体」仮説にとって重要なケースとなる。


5.第3番――比較的中心化された構造

第3番第1楽章では、

  • Avg_r ≈ 0.605

  • Rbar ≈ 0.528

  • Exact_Triadic_Ratio ≈ 0.435

  • f5 ≈ 0.605

  • Fourier Concentration ≈ 0.0212

となる。

五度圏上の中心性は比較的高く、f5も強い。

したがって第3番は、シベリウスのなかでも比較的中心化された状態を示す。

ここで「古典回帰」を単純に古典派様式への回帰と理解する必要はない。

むしろ、もし第3番に「回帰」という特徴を認めるなら、それは、

より明瞭な構造的中心と限定された運動様式への回帰

として定量的に記述する方が適切である。

そのうえで、歴史的・様式的解釈を重ねる必要がある。


6.第5番第3楽章――中心から離れながら、比較的安定する

第5番第3楽章は、

  • Avg_r ≈ 0.536

  • Avg_Step ≈ 33.74

  • Tonal_Focus ≈ 0.074

  • Harmonic_Coverage ≈ 0.890

という特徴を持つ。

ここでは中心への集中度は高くない一方、Harmonic_Coverageが高く、Avg_Stepも比較的小さい。

つまり、

中心から離れた空間にありながら、過度に不安定な運動を続けているわけではない

という状態が考えられる。

これは「周辺=不安定」という単純な図式を否定する。

シベリウスでは、周辺空間そのものが一つの持続可能な環境として機能する可能性がある。


7.第6番――一つの作品内部にも異なる環境が存在する

第6番では、第1楽章と第4楽章が興味深い対照を示す。

第6番第1楽章

  • Avg_r ≈ 0.588

  • Avg_Step ≈ 31.86

  • Tonal_Focus ≈ 0.289

  • Anisotropy_Ratio ≈ 0.449(λ₂/λ₁:比較的異方的な局所点群)

  • Origin_PCSet_Ratio ≈ 0.0046

  • f5 ≈ 0.588

中心性が比較的高く、三和音的・五度圏的な組織化が明瞭である。

第6番第4楽章

  • Avg_r ≈ 0.486

  • Avg_Step ≈ 43.19

  • Tonal_Focus ≈ 0.217

  • Anisotropy_Ratio ≈ 0.591(λ₂/λ₁:第1楽章より等方的な局所点群)

  • Origin_PCSet_Ratio ≈ 0.120

  • f4 ≈ 0.596

第4楽章では中心性がやや低下し、運動性が増すとともに、PC集合の周期構造がf5からf4へ移行する。なお、ここでいう「方向性」は局所点群形状を表すAnisotropy_Ratioと同一視せず、放射方向への集中はRbar_fullなどによって別に評価する必要がある。

この差は重要である。

第6番は一つの交響曲の内部でさえ、

中心化された環境 → 別の構造的環境

という変化を経験する。

したがってシベリウスの主体は、固定された一つの状態に存在するのではなく、異なる局所環境を形成・通過する能力によって特徴づけられる可能性がある。


8.《タピオラ》――別の生態系

《タピオラ》は7作品のなかでも特異である。

主な値は、

  • Avg_r ≈ 0.376

  • Avg_Step ≈ 47.31

  • Tonal_Focus ≈ 0.096

  • Spatial_Dispersion ≈ 0.153

  • PC_Density ≈ 4.309

  • Exact_Triadic_Ratio ≈ 0.113

  • Triadic_Neighborhood_Ratio ≈ 0.163

  • Origin_PCSet_Ratio ≈ 0.105

  • f6 ≈ 0.551

  • f5 ≈ 0.376

  • Fourier Concentration ≈ 0.0233

特に重要なのは、f6が最大となることである。

これは今回の55楽章コーパスのなかでも非常に特徴的な結果であり、シベリウスのPC集合組織が第5番や第7番などとは異なる周期的構造を持つ可能性を示す。

また、三和音性が低く、中心距離も比較的小さい。

したがって《タピオラ》は、

一つの調的中心に向かって音楽を組織するというより、複数の局所的な関係が環境そのものを形成する作品

として解釈できる可能性がある。

ここで「森」という作品外のイメージを、そのまま分析結果へ投影することは避ける必要がある。

重要なのは、まずデータ上で「別の組織化環境」が現れていることである。


9.拡張指標単独PCAと部分的複層分析――第2番を軸とした独立検証

これまでの各節は、旧9指標PCAと、Exact_Triadic_Ratio・Triadic_Neighborhood_Ratio・Triadic_Nearest_Distance_Mean・Dominant_Peak_Ratio・Origin_PCSet_Ratioの5変数による新PC集合PCA(2節)を中心に議論してきた。本節では、マーラー論・ブラームス論で導入した方向性・滞在構造・PC集合構造の8変数による拡張指標単独PCA(55楽章コーパス全体で算出、旧9指標を一切含まない)を用いて、2節の「似ているのに違う」現象を第三の独立した分析層から検証する。あわせて、第2番についてのみ用意された全楽章(第3・4楽章はアタッカのため一体としたセグメント)データを用い、単一楽章水準(C)と全曲水準(B)の比較を行う。第7番・タピオラは元来単一楽章であるためB=Cとなり、比較の対照として用いる。

9.1 拡張指標単独PCAが再現する「第2番と第7番の乖離」

拡張指標8変数(Anisotropy_Ratio、Peripheral_Circular_Concentration、Rbar_full、Residence_Entropy、Attractor_Number、Dominant_Residence_Ratio、Origin_PCSet_Ratio、Exact_Triadic_Ratio)による独立PCA(分散説明率:PC1=65.6%、PC2=12.6%、負荷量はマーラー論10.1節・ブラームス論10.1節と同一)を、シベリウス7曲(C水準)に適用した結果は次の通りである。

曲

PC1_ext

PC2_ext

第2番第1楽章

−0.399

3.831(7曲中最大)

第3番第1楽章

−1.327

−0.299

第5番第3楽章

0.239

−0.726

第6番第1楽章

−2.302

−1.139

第6番第4楽章

−0.813

2.284

第7番

−0.444

−0.739

《タピオラ》

0.524

1.945

ここで2節の中心的発見――旧9指標PCAでは近接していた第2番・第7番が、新しいPC集合構造PCAでは大きく分離する――が、旧9指標も2節の5変数PCAも一切用いない、第三の独立したPCAにおいても再現される。PC1_extで見ると第2番(−0.399)と第7番(−0.444)はほぼ同一の値を取るのに対し、PC2_extでは第2番が+3.831と7曲中最大値を示すのに対し、第7番は−0.739ときわめて低い。

PC2_extはOrigin_PCSet_Ratioにほぼ単独で強く負荷する(+0.892)。実際、第2番のOrigin_PCSet_Ratioは0.168(7曲中最大)、第7番は0.016(7曲中最小の部類)であり、この一変数だけでPC2_extの乖離のほとんどが説明される。したがって、2節で示された「調性力学的には似ている状態でも、それを支えているPC集合の生成原理は異なり得る」という主張は、少なくともOrigin_PCSet_Ratioという単一の指標に関しては、非常に高い解像度で追認される。

なお、《タピオラ》(PC2_ext=1.945)・第6番第4楽章(PC2_ext=2.284)も同じ軸上で高い値を示しており、8節で述べた《タピオラ》のOrigin_PCSet_Ratio≈0.105という特異性は、第6番第4楽章(0.120)と同程度の水準にあることが、この独立PCAを通じて新たに確認できる。7節では第6番第1楽章と第4楽章の対照を「一つの作品内部での環境の変化」として論じたが、第4楽章が原点付近の対称的PC集合という点でむしろ《タピオラ》に近い性格を持つことは、本節で新たに得られた知見である。

9.2 第2番:単一楽章(C)と全曲(B)の比較

第2番については、第3・4楽章をアタッカによる一体のセグメントとして扱った全3セグメントの連結データ(B)が利用可能である。パイプライン検証として、Exact_Triadic_Ratio・Origin_PCSet_Ratioを(A)の3セグメントから点数加重で再構成した値と(B)の実測値を照合したところ、10⁻⁷オーダーの誤差で完全に一致し、マーラー論・ブラームス論と同様の内部整合性が確認された。

拡張指標のC→B比較は次の通りである。


(C) 第1楽章のみ

(B) 全曲(3セグメント連結)

Anisotropy_Ratio

0.698

0.830(増加)

Rbar_full

0.471

0.334(減少)

Residence_Entropy

0.793

0.883(増加)

この組み合わせ(Anisotropy_Ratio増加・Rbar_full減少・Residence_Entropy増加)は、マーラー論10.3節で確認された多数派パターン(Anisotropy_Ratioは9/11曲で増加、Rbar_fullは8/11曲で減少)と一致する。ただし、Anisotropy_Ratioの増加は「方向性の増加」を意味しない。Anisotropy_Ratioはλ₂/λ₁として定義される局所点群の形状指標であり、値が0に近いほど細長く異方的、1に近いほど円形・等方的である。したがって第2番のC→B変化は、局所点群がより等方的になる一方、原点から特定方向への放射方向集中は弱まり、滞在領域の分散も増す、という複数軸の変化として読むべきである。シベリウスは今回1曲のみの検証だが、この組み合わせがマーラーにも現れることは、単一の「方向性」という現象ではなく、局所形状・放射方向集中・滞在構造が複数楽章水準で連動し得ることを示す一例となる。

DFTについても、(C)ではf4=0.604・f5=0.459(差0.145)でf4が明確に優勢であるのに対し、(B)ではf4=0.566・f5=0.507(差0.060)と、f4優位は維持されるものの差は半減する。ブラームス第2番のような逆転(9.4節相当)は生じていないが、同方向の「粒度を粗くすると優劣差が縮小する」という現象が、ここでも確認できる。

第7番・タピオラについては、単一楽章形式であるためB=Cが数値上そのまま一致することを確認した(例:タピオラのf6=0.551で完全一致)。これは、7節・8節で「単一楽章形式」として扱ってきたこれらの作品が、粒度比較という観点からは「そもそも全曲水準の分析対象たり得ない」ことを意味し、この構造的な違いが第2番と第7番・タピオラとの分析上の非対称性の理由でもある。

9.3 「環境のなかで形成する主体」仮説への含意

以上の結果は、9節で提示した仮説を補強する材料になる。第2番と第7番は、拡張指標単独PCAにおいてもPC1では近接し、PC2(Origin PCSet軸)では大きく乖離するという、旧9指標・新PC集合PCAと同型の構造を示した。これは、両者の違いが特定の変数選択に依存した artefact ではなく、複数の独立した分析層を通じて頑健に観測される現象であることを示す。

同時に、第2番における粒度比較(C→B)は、中心性・方向性の指標がマーラーと同方向に変化することを示しており、シベリウスの調性力学が、少なくとも粒度依存性という観点からは、他の作曲家と共通する構造的な性質を持つことを示唆する。これは、9節で強調した「環境ごとに異なる組織化原理を成立させる」というシベリウス像を否定するものではないが、その「環境依存性」がどのようなレベルで作曲家に固有であり、どのようなレベルで作曲家を超えて共通するのかを、今後さらに精査する必要があることを示している。

なお、この比較から「方向性」という単一の軸を想定することは避ける必要がある。本研究では、Rbar_fullが原点から特定方向への放射方向集中を、Anisotropy_Ratioが局所点群の異方性/等方性を、それぞれ異なるものとして記述する。第2番のC→B変化は、前者の低下と後者の上昇が同時に起こり得ることを示しており、シベリウスの環境依存的な組織化を考えるうえでも、両者を分離して扱うことが重要である。

9.4 シベリウスにおける分析軸の役割分担

ここまでの結果を、各指標が何を測っているかという観点から整理すると、シベリウスの「環境のなかで形成する主体」という仮説を、単一の方向性指標に還元せずに記述できる。

分析軸

主な指標

何を記述するか

シベリウスにおける読み方

中心性

Avg_r / Tonal_Focus

五度圏上で主調的中心へどの程度集中するか

第2・3・6番第1楽章などでは比較的明瞭。作品間で大きく変化する

放射方向への集中

Rbar_full

原点から特定方向へ重心がどの程度集中するか

「方向性」を論じる場合はこちらを用い、中心性や局所形状と分離する

局所点群の形状

Anisotropy_Ratio

λ₂/λ₁による局所点群の異方性/等方性

0に近いほど細長く異方的、1に近いほど等方的。第2番C→Bでは上昇するが、これは方向性増加を意味しない

滞在構造

Residence_Entropy / Attractor_Number / Dominant_Residence_Ratio

調的状態が単一領域に集中するか、複数領域に分散するか

第2番のC→BではResidence_Entropyが増加し、より複数領域的な構造が現れる

三和音性

Exact_Triadic_Ratio / Triadic_Neighborhood_Ratio / Triadic_Nearest_Distance_Mean

三和音およびその近傍への集中

第2番・第3番・第6番第1楽章と第7番・《タピオラ》の差を構成する重要な軸

対称性・原点構造

Origin_PCSet_Ratio

五度圏上で原点へ折りたたまれる対称的PC集合の使用

第2番が高く、第7番が低い。第6番第4楽章・《タピオラ》も高く、単純な「無調性」指標ではない

周期構造

DFT f1–f6

PC集合に内在する周期・対称構造

第2番のf4、第3・5・6-1・7番のf5、第6-4のf4、《タピオラ》のf6という作品差が現れる

周期構造への集中

Fourier Concentration

DFTスペクトル全体が少数モードへ集中する度合い

第2番は高く、第7番は低い。《タピオラ》はf6優勢だが集中度は中程度

時間的作動

Avg_Step / Harmonic_Coverage など

重心運動の大きさと空間的被覆

《タピオラ》ではAvg_Stepが大きい一方、中心性・三和音性は低い。周辺性と運動性は別軸である

したがって、シベリウスにおける「環境」は、単に中心から遠い空間を意味するのではない。中心性、放射方向への集中、局所点群形状、滞在構造、PC集合の対称性、DFT周期構造が異なる組み合わせを取り得ることそのものが、作品ごとの異なる局所的組織化を構成している。これは本稿の「環境のなかで形成する主体」という仮説を、比喩ではなく複数の測定軸の組み合わせとして記述するための基礎となる。


10.シベリウスにおける「生態的主体」仮説

以上を総合すると、シベリウスについては「低中心性の主体」と単純に定義することはできない。

第2番、第3番、第6番第1楽章などでは比較的明瞭な中心性が存在する。

むしろ特徴的なのは、

中心性、三和音性、放射方向への集中、局所点群形状、周期性の組み合わせが作品ごとに大きく変わること

である。

このため、暫定的に次の仮説を提案できる。

シベリウスの主体は、一つの固定的な生成モデルを外部世界へ適用する主体ではなく、環境の内部で局所的な秩序を形成し、その環境の変化に応じて異なる組織化原理を成立させる主体である。

この主体は「弱い主体」という意味ではない。

むしろ、

自己の中心を絶対化しないことで、環境そのものを組織化の一部として取り込む主体

と考えられる。


11.「植物的主体」という比喩について

シベリウスについて以前提案した「植物的」「生態的」という比喩は、現段階では慎重に扱うべきである。

「植物的主体」を、

  • 能動性が低い

  • 動かない

  • 受動的

  • 生命力が弱い

という意味で使うなら、本研究のデータはそれを支持しない。

むしろ、

中心を固定するよりも、周囲の条件との関係のなかで局所的な秩序を形成する

という意味での「植物的」なのであれば、仮説として一定の意味を持つ。

この意味では、《タピオラ》や第7番は重要なケースとなる。

ただし、この仮説を確定するためには、現在欠けている第4番、第5番第1楽章などを含め、さらに広い作品群を分析する必要がある。


12.シベリウスとブラームス――持続の仕方の違い

ブラームスでは、4つの交響曲を通して比較的安定した生成原理が持続し、その主体が「四季」のように時間を通過するというモデルを提示した。

シベリウスでは、これとは異なる。

シベリウスでは、

主体が一つの生成原理を保持することよりも、異なる環境において局所的秩序を形成すること

が重要なのではないか。

したがって、

ブラームス

同一性を保持して変化を通過する主体

シベリウス(仮説)

環境との関係のなかで自己を形成する主体

という対照が考えられる。

ただし、シベリウスの方が「生成原理を変える主体」だと断定することは避けるべきである。

むしろ、同じ主体が異なる局所的組織化を許容している可能性もある。


13.シベリウスとマーラー/ペッテション

マーラーでは、比較的持続するf5を含む生成原理が極端な時間的運用へ向かう。

ペッテションでは、f5からf3/f4への移行、低中心性、低Fourier Concentrationなどが重なり、生成原理の再編成が現れる。

シベリウスでは、現時点の7作品からはそのどちらとも異なる像が見える。

すなわち、

中心性やPC集合構造の違いを、破局や損傷としてではなく、異なる環境への適応的な組織化として捉える可能性

である。

ただし「適応」という言葉も、生物学的適応を直接主張するものではない。

ここでは、音楽的システムが異なる条件のもとで異なる局所秩序を形成するという構造的意味に限定する。


14.結論――シベリウスは「環境のなかで形成する主体」なのか

現時点の分析から、シベリウスについてマーラーやペッテションのような明確な一つの結論を出すことはできない。

しかし、少なくとも三つの重要な観察が得られる。

第一に、シベリウスの作品間には広い状態分布が存在する。

第二に、その広がりは単純な調性力学の差ではなく、PC集合構造の差を伴っている。特に第2番と第7番は、旧PCAでは近接しながら新PC集合PCAでは大きく分離する。

第三に、《タピオラ》のf6優勢や、第6番内部の第1楽章/第4楽章の差は、シベリウスが単一の固定的組織化原理に還元できないことを示唆する。

これらを踏まえるなら、現時点で最も慎重な仮説は次のようになる。

シベリウスの音楽的主体は、単一の中心や生成原理を世界へ一方向的に適用する主体ではなく、環境との関係のなかで局所的な秩序を形成し、そのつど異なる調性空間・PC集合構造・周期構造を成立させる主体なのではないか。

この主体を「生態的主体」と呼ぶことは可能である。

ただし、それは「自然を描写する主体」という意味ではない。

また、「植物的主体」という比喩も、低能動性や受動性を意味するものではない。

むしろ、

中心を固定することより、環境との関係のなかで秩序を形成することによって持続する主体

という存在様式を指す。

この仮説が妥当であるかを判断するには、欠落している交響曲第4番第1楽章、交響曲第5番第1楽章などを追加し、さらに交響曲・交響詩を含むより広いコーパスで、旧指標PCAとPC集合DFTの二層を比較する必要がある。

現段階では、「シベリウス=生態的主体」と結論するよりも、

「シベリウスには、環境との関係のなかで自己を形成する主体という解釈仮説を検証するだけの定量的徴候が存在する」

と結論するのが適切である。

(2026.10.16 公開)

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