2026年10月12日月曜日

コラム(6):フランク――探索から再編へ:環境に浸透される主体

 

1. 何がフランクの作曲語法の変化を示すのか

フランクの音楽的主体のあり方を考えるとき、ひとつの問いが浮かび上がる。フランクの作曲活動は、和声的な複雑さが次第に増していく過程として理解できるのだろうか。それとも、音楽が利用する調的な可能性や、それらを組織する原理そのものが変化していったと考えるべきなのだろうか。

この問いを検討するため、ここでは《オルガニスト》の小品群を除き、フランクの主要作品18曲を対象とした分析に注目する。対象には、宗教的な声楽作品、オルガン作品、交響曲、弦楽四重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、後期の《コラール》などが含まれる。

この分析が直接示すのは、各作品の調的構造を統計的に要約したとき、作品間にどのような差異が認められるかということである。個々の作品の内部で生じる時間的展開を直接説明するものではなく、また、作品間の差異だけから創作史上の発展過程が確定するわけでもない。

それでも、作品群の構造的な対照を手がかりに、フランクの作曲語法がどのように変化したのかを考えることはできる。

2. 大作の内部にも現れる構造的な対照

旧指標による主成分分析では、フランクの大作群は、調的な活動が比較的集中している作品と、より広い範囲に展開する作品とに分かれる傾向を示した。

比較的集中した側には、《前奏曲、フーガと変奏曲》、〈パニス・アンジェリクス〉、《ドミネ・ノン・セクンドゥム》、詩篇150篇などが位置する。一方、より広がりのある側には、交響曲、弦楽四重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、後期の《コラール》などが位置する。

ここで重要なのは、この対照が《オルガニスト》の小品群を含めなくても認められることである。したがって、最初の分析で見られた作品群の違いを、短い小品と大作との規模の差だけで説明することはできない。

ただし、集中している作品には宗教的な機能を持つものが含まれる一方、広がりのある側には器楽作品が多い。このことから、作品の機能やジャンルが調的構造に関与している可能性は残る。声楽を伴う宗教曲に和声的な制約や様式的な慣習が働くことは、フランク固有の創作史的変化とは別の問題だからである。

したがって、この結果をただちに「フランクは後期になるほど複雑になった」と読むことはできない。ここで確認できるのは、作品規模だけでは説明できない、調的組織の異なるあり方が作品群の内部に存在するということである。

3. DFTが示す、もうひとつの構造

ピッチクラス集合のDFTによる分析は、この作品間の対照に別の角度から光を当てる。

調的な活動の広がりが目立つ作品群では、短三度音程類に対応する周期構造が優勢になる傾向が見られた。対象となった作品のうち、広がりの大きい側に位置する6作品では、5作品がこの構造を主要なものとして示している。例外となる《祈り》も、別の周期構造を通じて作品群の特徴的な位置を占める。

短三度音程類は、減七和音や短三度の積み重ねと関係する。フランクの半音階的な和声法や遠隔調への転調を考えれば、この結果は理論的に興味深い。五度圏上で広い範囲を活動する作品において、単に多くの調を経由するだけでなく、特定の音程関係が組織原理として重要な役割を担っている可能性があるからだ。

もっとも、DFTの結果は、特定の和声技法が作品の広がりを引き起こしたことを直接証明するものではない。ここで得られるのは、異なる分析方法が、作品群の対照と整合する構造的特徴を示しているということである。

この点で、旧指標による分析とDFTによる分析は、同じことを別の言葉で繰り返しているわけではない。前者が作品の調的な活動領域の違いを捉えるのに対し、後者は、その背後にある音程関係の周期性に注目する。両者を組み合わせることで、フランクの音楽における広がりを、単純な和声的複雑さだけに還元せずに考えることができる。

4. 「探索から再編へ」という創作史上の仮説

以上の結果から、フランクの創作活動を、単純に和声的な複雑さが増していく過程として捉えるのではなく、調的な可能性を組織する原理の変化として考える仮説が浮かび上がる。

ここでいう「探索から再編へ」とは、個々の作品の内部で、探索の後に再編が起こるという意味ではない。また、創作史が直線的に進歩し、最終的にひとつの安定した様式に到達したという意味でもない。

それは、作品間の比較から推定される、フランクの作曲語法の変化についての仮説である。音楽が利用する調的な可能性が単に増減するのではなく、それらを組織する仕方そのものが変わっていったのではないか、という問いである。

この見方に立てば、後期の作品における複雑さは、探索が終わったことと矛盾しない。再編とは単純化や安定化ではなく、複雑な要素が異なる仕方で関係づけられることだからである。

ただし、今回の大作のみの分析は、創作史上の変化を確定するものではない。作品の年代順に構造的な特徴を追跡し、異なる指標群がどの程度一貫した変化を示すのかを、さらに検証する必要がある。「探索から再編へ」は、現段階では作品間の差異を創作史の文脈に置くための解釈仮説と位置づけるべきだろう。

5. 環境に浸透される主体

このようなフランクの作曲活動を、音楽的主体の存在様式という観点から捉えると、主体と環境との関係が問題になる。

フランクの音楽は、宗教的・典礼的な機能、声楽や器楽それぞれの条件、既存の様式的な慣習など、複数の環境的な制約と可能性のなかで成立している。しかし、そうした条件に単に従うだけでは、作品間に見られる多様な調的組織を十分に説明できない。

むしろ、異なる環境的条件を取り込みながら、それらを独自の作曲原理のもとに組織していくことに、フランクの音楽的主体の特徴を見いだせるのではないだろうか。

この意味で、フランクを「環境に浸透される主体」と捉えることができる。主体は環境から完全に独立しているのではなく、環境との関係のなかで自らの活動領域を形成する。ただし、これは今回の統計分析が直接測定した性質ではなく、分析結果を自由エネルギー原理の観点から解釈することで得られる理論的な提案である。

ブルックナーの音楽的主体を、境界が明確に確立される以前の、多孔質な力学系として捉えるなら、フランクの場合には、環境的な条件を取り込みながら、それらを独自の構成原理へと組織していく側面が前景化する。この対比は、両者を固定的な類型に分類するためというよりも、音楽的主体と環境との異なる関係を考えるための手がかりとなる。

6. 結論――複雑さの増大ではなく、組織原理の変化へ

フランクの大作のみを対象とした分析は、作品間に調的組織の異なるあり方が存在することを示した。DFTによる分析も、作品群の対照に対応する音程関係の特徴を示している。

これらの結果は、フランクの創作活動を、和声的な複雑さが単調に増大していく過程として理解することの限界を示唆する。そこから考えられるのは、調的な可能性を組織する原理そのものが変化していったのではないか、という仮説である。

「探索から再編へ」という表現は、この創作史上の変化を考えるためのものだ。それは、作品内部の時間構造についての説明でも、年代順の発展が実証されたという主張でもない。作品間に認められる構造的な差異を、フランクの作曲語法の変化という観点から理解するための仮説なのである。

そして、その変化を環境との関係から捉えるなら、フランクの音楽的主体は、環境に従属するものでも、環境から独立したものでもない。さまざまな制約と可能性を取り込みながら、自らの音楽的な活動領域を組織していく主体として理解できるのではないだろうか。

(2026.10.12 公開)

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