本稿は、フランクの作品群55曲(信頼性検討のうえ各曲1種に絞ったMIDIデータ。《オルガニスト》第I・II巻の典礼用小品37曲と、交響曲・弦楽四重奏曲・ヴァイオリンソナタ等の大作17曲を含む)を対象とする、本コーパスにおける初めての報告である。ハイドン〜ペッテションの8作曲家とは異なり、フランクには対応する既刊モノグラフが存在しないため、本稿は確立された論点の検証ではなく、新たに得られた知見そのものの報告となる。
1.コーパスの性格――規模の極端な幅
まず前提を確認しておく。フランクのコーパスは、分析対象小節数(N_points)が8小節(《オルガニスト》の一部)から1583小節(弦楽四重奏曲)まで、約200倍の開きを持つ。これは交響曲楽章を主体としてきたこれまでのコーパス(おおむね150〜700小節)とは性格が異なり、典礼用の短い小品37曲と、演奏会用の大作17曲という、本質的に異なる2つの音楽的ジャンルを含むコーパスであることに注意が必要である。以下では、この2群をそれぞれ「《オルガニスト》」「大作」と呼ぶ。
2.旧PCA・拡張PCAとも、同じ軸でこの2群を分ける
フランクの55曲について、旧9指標PCA・拡張8指標PCAをそれぞれこのコーパス単独で実行した結果(《オルガニスト》第II巻の1曲はPC≥3フィルタにより分析対象小節が0となり、旧PCA・拡張PCAとも54曲での算出となる)、両者のPC1は強い相関を示す(r=0.84)。

フランクPCA比較図
図1. 左:旧9指標PCA。右:拡張8指標PCA。色は《オルガニスト》(橙)と大作(青)。
《オルガニスト》と大作は、どちらの軸でも方向は同じだが完全には分離しない形で分かれる(旧PC1平均:《オルガニスト》−0.66、大作+1.32。拡張PC1平均:《オルガニスト》−0.95、大作+1.91)。すなわち《オルガニスト》はおおむね「集中・単純」側、大作はおおむね「分散・複雑」側に位置するが、個々の作品レベルでは重なりがある。
この新旧PCAの強い相関(r=0.84)は、シベリウスで観察された現象とは対照的である。 シベリウスでは、旧PCAで近接する2曲(第2番・第7番)が拡張PCAでは大きく分離するという「概念的独立性」が中心的な発見だった。フランクでは、少なくとも全体傾向としては、旧指標が測る「調的凝集・複雑性」と拡張指標が測る「方向性・滞留・PC集合構造」が、同じ方向へ揃って動く。
3.しかし、個別の作品対では同じ乖離が起こる
全体傾向が一致するからといって、個々の作品対が例外なく一致するわけではない。《魔に憑かれた狩人》(交響詩、大作群に属する)と、《オルガニスト》第I巻の第1曲・第9曲は、旧PCA上で2次元距離0.24〜0.25というきわめて近い位置にある(54曲中でも最も近いペアの一つ)。ところが拡張PCAでは、この距離は1.8〜2.7まで拡大する(図1)。
この乖離を裏付けるように、PC集合DFTのDominant_Modeも両者で異なる。《魔に憑かれた狩人》はf3優勢(f5=0.542)であるのに対し、《オルガニスト》第I-1・I-9はいずれもf5優勢(f5=0.564、0.562)である。旧PCA・拡張PCA・DFTという3つの独立した層のうち、旧PCAだけがこの3曲を近接させ、残り2つの層は一致して引き離す。 これは全体傾向における「旧新の一致」が、個別の作品対における乖離を排除しないことを示す一例である。
4.《オルガニスト》と大作――3つの指標で見る違い
群間の違いを個別指標で確認すると、次の通りである(Mann-Whitney検定、n=37対17または18)。
ここで注目すべきは、中心性(Avg_r)には差がないにもかかわらず、方向集中度(Rbar_full)には極めて明確な差があるという、これまでの作曲家分析でも繰り返し確認されてきたパターンが、ここでも成立していることである。《オルガニスト》の典礼用小品は、大作と同程度の中心性を持ちながら、重心運動の方向がはるかに一貫している。
もう一点、やや直感に反する結果がある。《オルガニスト》は方向集中度が高い(=単純に見える)にもかかわらず、三和音性(Exact_Triadic_Ratio)はむしろ大作より低い。また原点構造(Origin_PCSet_Ratio)への着地は、《オルガニスト》ではほぼ皆無(中央値0.000)である一方、大作では一定程度生じる(0.042)。すなわち、《オルガニスト》の「単純さ」は、三和音的な調的骨格の強さに由来するのではなく、特定の方向への強い収束と、対称的PC集合への非依存という、別の組み合わせから成り立っている。典礼用の機能音楽という性格上、持続する単一の調的重心(しばしば単旋律的・オルガン点を伴う書法)へ強く寄りながらも、三和音として完結しない音型(経過的な声部書法等)を含んでいる可能性が考えられる。この解釈は現時点では仮説にとどまる。
DFTのDominant_Mode分布も、この対比を裏付ける。
《オルガニスト》はf5優勢が圧倒的多数を占める一方、大作ではf3・f4・f5がほぼ三分される。これは先に共有した概観図(既存8作曲家との比較)で確認した「フランク全55曲ではf5優勢70.9%、大作のみの18曲では50.0%」という結果と整合する。
5.小結
フランクのコーパスは、典礼用の短い小品(《オルガニスト》、37曲)と演奏会用の大作(17曲)という、規模・性格の異なる2群から構成される。
旧PCAと拡張PCAは全体として強く相関する(r=0.84)。これはシベリウスで観察された新旧の乖離(概念的独立性)とは異なる形である。
しかし個別の作品対では、旧PCAで近接する作品が、拡張PCA・DFTという独立した2層では一致して分離する事例(《魔に憑かれた狩人》とオルガニストI-1・I-9)が存在する。全体傾向での一致は、個別事例での乖離を排除しない。
《オルガニスト》と大作は、中心性では差がないが方向集中度では大きく異なるという、他の作曲家でも繰り返し見られたパターンを示す一方、三和音性では《オルガニスト》の方が低いという、やや直感に反する組み合わせを示す。
本稿はフランクに関する初回報告であり、ここで得られた知見を踏まえてどの論点を掘り下げるかは、今後の検討課題とする。
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