アラン・ペッテションの交響曲は、しばしば一様に「重く」「緊張に満ちた」音楽として語られる。しかし、創作年代順に作品群を精査すると、その内部には明確な構造的転換と段階的変化が存在している。本稿では、五度圏重心軌道に基づく調性力学指標の主成分分析(PCA)を用いて、この時系列的変化を可視化し、その結果を自由エネルギー原理(Free Energy Principle, FEP)の枠組みから再解釈する。
本分析の目的は二重である。第一に、ペッテションの交響曲において、データ分析が可能な中期以降の様式変化を、単なる印象や記述ではなく、定量的な指標に基づいて把握すること。第二に、その変化を「交響曲的主体」のあり方の変容として読み替えることである。
対象とした作品は、利用できるMIDIデータが存在する交響曲第6番~第16番である。残念ながら初期も含めた全創作史を俯瞰する分析は叶わないが、ペッテションの創作史において概ねその個人的様式が確立すると言われる中期から後期にかけてを概ね網羅しており、その時系列変化の主要な部分についてデータ分析を通して明らかにできたことがあると考える。
1. 分析枠組みと主成分の解釈
1.1 使用指標
分析には以下の9指標を用いた。各指標は小節頭の和音をサンプリングし、鳴っているピッチクラス数3以上の和音について、12のピッチクラスを単位円上に等間隔(五度圏順に30度ずつ)に配置した五度圏へのピッチクラスセット重心として算出している。
1.2 指標計算結果
1.3 主成分分析結果
| 図1:ペッテション交響曲第6〜16番 PCA散布図(PC1×PC2) |
| 図2:ペッテション交響曲第6〜16番 主成分負荷・得点 |
表1 主成分負荷
表2 ペッテション交響曲における主成分得点
今回のPCAにおいて、第1主成分(PC1)は主として以下の指標と強く相関する。
空間分散・平均半径(正方向)
ステップ運動量・ピッチクラス密度・テクスチャ変動・和声被覆(負方向)
したがって PC1 は、
広い音高空間における拡散的運動
↔
圧縮された空間における高密度・高運動・高被覆の持続
を表す軸として解釈できる。
一方、第2主成分(PC2)は、
調的焦点(Tonal Focus)
和声被覆
ピッチクラス密度
に正の寄与を持ち、空間的揺らぎ(SD_r)に負の寄与を持つ。したがって PC2 は、
高密度だが焦点化された状態
↔
散乱的で焦点の弱い状態
を表す。
この二軸を組み合わせることで、本分析は単なる「複雑さ」の増減ではなく、
音響空間の拘束度(PC1)
その内部における統御性・焦点性(PC2)
という二次元の構造として、ペッテションの様式変化を捉える。
2. 時系列的推移の概観
| 図3:交響曲第6〜16番の創作年代順軌跡(矢印付き) |
創作年代順にプロットすると、今回分析対象としたペッテションの中期以降の交響曲(第6番~第16番)は明確に五つの段階に分かれる。
第I段階(第6〜8番):可塑的な空間と拡散的運動
PC1:負方向
PC2:0~正方向
この段階では、
音高空間は比較的広く
分散も大きく
密度はまだ抑制されている
一方で調的焦点は弱く、素材はやや散乱的に推移する。
ここでの主体は、
広い状態空間を移動しながら変化を受け止める主体
である。FEP 的に言えば、これは探索的(exploratory)モードに近い。予測誤差は存在するが、それは空間的な移動や変化によって処理される。
第II段階(第9番):転換点としての不安定化
PC1:正方向へ移行
PC2:負方向へ移行
第9番は、前段階から明確に逸脱する位置を占める。
ここでは、
空間は圧縮され始めるが
焦点は形成されず
誤差は散乱的に増幅される
これは、
後期様式の成立以前における「不安定な極限」
として解釈できる。
FEP 的には、ここは
予測誤差が増大するが、それを統御する精度(precision)がまだ確立していない状態
に相当する。
第III段階(第10〜11番):決定的転回と高密度化
PC1:大幅に正
PC2:大幅に正
第10番以降、座標は一挙に移動し、明確なクラスターを形成する。
この段階では、
音高空間が急激に収縮
ステップ運動・密度・被覆が急増
テクスチャ変動も最大化
しかし同時に焦点性(PC2)が強化される
ここで起きているのは、
単なる複雑化ではなく、「圧縮された空間における高密度・高統御状態」の成立
である。
FEP の観点からは、これは決定的である。
主体はもはや外界を探索して予測誤差を減らすのではなく、
許容可能な状態空間を急激に狭め、その内部で誤差を処理するモードへ移行する。
この意味で、第10〜12番は
「生存可能な音響環境」の成立点
である。
第IV段階(第12番):転換期IIとしての焦点喪失
PC1:大きく正(第10〜11番と同水準)
PC2:ほぼゼロ(第10〜11番の+1.6〜+2.1から中立化)
第12番は、圧縮・高密度という中期の構造的特徴をそのまま維持しながら、PC2の急落によって焦点性(precision weighting)を失い始める。PC1の極性は変わらないが、PC2の中立化は質的な転換を意味する。
第9番がPC1の極性を転換させる閾であったとすれば、第12番はPC2の極性を転換させる閾である。二つの転換期は、それぞれ異なる次元での様式的断絶を担っており、対称的な構造をなしている。
FEP的に言えば、高密度の誤差処理が維持されたまま、精度の重みづけ機構そのものが弛緩し始める段階
第V段階(第13〜16番):後期様式の持続と再分化
PC1:正を維持
PC2:中立〜やや負へ
後期後半では、
圧縮・高密度の構造は維持されるが
焦点の凝集性はやや緩む
つまり、
確立された環境の内部で、より流動的な運動が可能になる
段階である。
これは、
極限状態の“持続可能化”
といえる。
3. 自由エネルギー原理による再解釈
以上の時系列変化は、自由エネルギー原理の観点から一貫して理解できる。
PC1の再定義:予測誤差の「拘束度」
PC1は単なるサプライズ量ではない。むしろ、
予測誤差がどれだけ広い状態空間に拡散するか/狭い空間に拘束されるか
を表している。
前期:誤差は広い空間で処理される
中期(第10〜11番):誤差は狭い空間に閉じ込められ、高精度で処理される
後期(第13〜16番):誤差は高密度の空間に留まりながら、精度の重みづけが緩み、より流動的に処理される
PC2の再定義:精度(precision)と焦点化
PC2は、
予測誤差がどれだけ重みづけ(precision weighting)され、統御されているか
に対応する。
第9番:誤差は増えるが精度が低い(崩壊的)
第10〜12番:誤差は高密度だが高精度に統御される
4. 交響曲的主体の変容
この分析から導かれる主体像は明確である。
中期主体
外界を移動しながら変化を受け止める主体
(探索型)
移行期(第9番)
誤差に圧倒されつつも、まだ安定した処理様式を持たない主体
転換期主体(第10〜11番)
外界を探索して surprise を減らすのではなく、
生き延びられる環境を構築し、その内部で誤差を処理する主体
移行期期II(第12番)
高密度の処理様式を保ちながら、精度の重みづけが弛緩し始める主体
後期主体(第13〜16番)
確立された音響環境の内部で、より流動的な運動が可能になる主体
これらの転換は段階的かつ決定的である。
交響曲はもはや、世界を統合する形式ではなく、主体が生き延びるための音響環境そのものとなる。
5. 結論
ペッテションの交響曲は、創作年代順に見ると、明確な構造的転換を示す。
第6〜8番:拡散的・探索的段階
第9番:不安定な閾
第12番:転換期II――PC2軸上の焦点喪失
第10〜11番:決定的転回と環境形成
第13〜16番:その持続と再分化
この変化は、単なる様式変化ではない。
それは、
予測誤差をどのように処理するかという、主体の存在様式そのものの転換
である。
自由エネルギー原理の観点から言い換えれば、
ペッテション後期の交響曲は、
サプライズを消去する音楽ではなく、
サプライズに耐えうる環境を構築する音楽
である。
そしてそのとき交響曲的主体は、
世界を理解する主体から、
世界の中で生き延びる条件を自ら作り出す主体へと変容する。
この転位こそが、ペッテションの交響曲が20世紀音楽史において持つ、最も根本的な意義である。
[謝辞] 本分析では、7e(youtube)/ 6d(twitter, 現X)さん作成のMIDIデータを利用させて頂きました。本稿執筆時点において音響的実現はyoutubeにて確認することができるものの、残念ながらMIDIデータ自体は既に非公開となっているようですが、確認出来る限り、ペッテションの交響曲のMIDIデータは世界的にも他に例がなく極めて貴重である上に、本分析のようなデータ分析の観点から見て高品質のデータであり、その意義は極めて大きいものがあります。この場で感謝の意を表するとともに、その業績につき顕彰させて頂きます。
0 件のコメント:
コメントを投稿